就職転職・昇進昇格試験コラム4
就職試験・昇進昇格試験論文や作文の参考になるコラムです。
「それをナニして…」--社内コミュニケーションが変わってきた
「○○クン、ちょっといいかな…」「なんでしょうか、部長?」「あの件だけどね、彼と相談してここをもうちょっとこうして、それと同じようにしてくれるかな…。」「はい、わかりました。いつまでにでしょう?」「ナニの会議はあれだったね、えーっと」「あさってです。」「うんうん、じゃそれまでにそれをナニしておいてくれるかな。」「はい。」
どこの企業でも、毎日のように見られる光景です。実際これは、私のかつての経験をちょっともじったものですが、おおむね現実にあったことです。くだらないことですが本物と違うところは、部長に対する私の返事が、「何を言っておられるのかさっぱりわかりません。」であったことと、その場にいた複数の若手社員が大爆笑したことです。
面識のない年輩者が、このような話し方をしてきた場合、それは酔っぱらいであるか、変調のため言語に障害をきたしているかのどちらかです。しかし、言語はある一定の範囲で用いられる場合--家族であるとか友人であるとか--には、かような不明瞭さがあっても十分通用しますし、またそれが親近感の表現と再確認であったりもします。これは従来の企業においても同じ事で、ことに疑似家族であることをもって団結力としていた日本企業では、おおむね普通のことでありました。
さて、例に挙げたような言語の不明瞭さは、上級者が下級者に相い対する時にのみ許されることで、その逆はあり得ません。それと同時に、下級者がその曖昧さを指摘することはあってはならないことであって、その虎の尾を踏んだら最後、「アイツはおかしい(=身内ではない)」との烙印を押されることになります。従って社員たるもの、組織の一員として認知されるためには、このようなコミュニケーションには十分習熟するばかりか、わからない場合は第三者にこっそり確認する、という努力が欠かせないものでありました。
しかしながら、このような状況を許してきたがため、企業においては責任の所在が明らかとならず、ひいては業績の悪化、甚だしくは企業犯罪が多発することとなってきました。現在多くの法人で、連絡手段が音声言語ではなく文書(電子データを含む)になってきたこと、また部内レポートを課すようになる、あるいは従来あったそれが、建前ではなく現実の評価基準と見なされるようになった理由は、一つにはここにもあると言えます。つまり、文書にすることで意見と通達を明確化し、責任の所在を明らかにすると同時に、そのような運営方法に堪えられる人材が、以前よりも求められるようになってきたと言えるでしょう。
このことは、別の面からもうかがうことが出来ます。それは組織運営の効率化に伴う、情報の開示・共有の重要性が高まってきたことにあります。
従来の社員個々人や一部門は、業績を上げてさえいれば、他者、あるいは他部局に対する説明責任は、さほど必要とされてきませんでした。しかしながら同業他社との競争が激化した今日にあっては、「稼いでるんだから文句言うな」とは言えなくなってきたのです。
また経営者にとっては、ITの導入により情報処理が容易になった結果、今までは利用することが出来なかった社内の細かな情報も、わかりやすく整理された形で手に入れられるようになりました。人間が理解できる情報の総量には限界がありますが、その密度と精度を上げることで、経営戦略上利用できる情報は、質的に大きく増大したのです。いきおい彼らは、より多くの情報を要求するようになりますが、これは社員の立場から見た場合、より「説得的」で、より「明瞭」な情報ソースを提供しなくてはならなくなった事を意味します。
このような趨勢から、組織人として求められる文書処理の能力、とりわけ起草力は、定式化された稟議書を書き上げる力だけには止まらなくなってきました。現在、社会一般の風潮としては「活字離れ」が言われていますが、それと反比例するように、社内での活字の重要性は、なおいっそう高まりつつあると言えるのではないでしょうか。