慶応SFC添削コメント例[看護医療]16年

このコメントは、WIE小論文navi添削講座慶応大学小論文(論述力試験対策)」で実際に行われたものです。


●提出していただいた答案を拝見しました。まず、問1については、「集団主義」と「個人主義」の指す一般的な意味を正しく理解しないまま分析に活用しているのが大きな問題となります。このため、ほとんど点数を得られません。
次に問2については、課題文の論旨を正しく理解しておらず、課題文の筆者が述べるところの「福沢諭吉のもっていたリベラリズムの思想」を、解答者は誤解しています。このため、この設問についても、ほとんど点数を得られません。

●以下では、設問ごとに検討します。

■ 答案に書き入れました赤字が改善すべき点です。abc……の記号に対応するコメントは下段に記入してありますので御参照ください。記号のない箇所については、単純な誤記や分量調節のためのものです。


問1
 「集団主義」と「個人主義」の指す一般的な意味を正しく理解しないまま分析に活用しているのが大きな問題となります。このため、ほとんど点数を得られません。
 ここで参考までに、「集団主義」と「個人主義」の指す一般的な意味を示します。
<集団主義>
 集団主義とは、個人よりも集団を重視する思想です。集団主義者は、「みんなの考え方、感じ方、行動が同じであること」を好むとされています。
<個人主義>
 個人主義とは、集団よりも個人を重視する思想です。個人主義者は、「議論を通して立場を明確にすること」を好むとされています。

 こうしたことを踏まえると、活発な議論を好む外国人は、どちらかと言えば、「個人主義」にあてはまることになり、解答者の議論は的外れということになってしまいます。課題文から直接読み取れる物事の本質は、「外国人が社交的で議論を好む」ということであり、これが酒の飲み方にも現れていると解釈するのが最も妥当でしょう。

 なお、これは蛇足ですが、欧米人は、「個人主義」の傾向が強く、日本や東アジアのように稲作が中心であった地域では、「集団主義」の傾向が強いと、一般に知られています。日本は、欧米の文化を取り入れることで、次第に「個人主義」の傾向が強くなっていているものの、「学校の運動会での組み体操」や、「企業で他の人々が残業しているときに、先に帰宅するのが、躊躇される文化」のように、欧米ではみられない集団主義の傾向がみられます。


a 大変厳しいようですが、的外れの説明になっており、ほとんど点数を得られないでしょう。


問2
 課題文の論旨を正しく理解しておらず、課題文の筆者が述べるところの「福沢諭吉のもっていたリベラリズムの思想」を、解答者は誤解しています。このためこの設問についても、ほとんど点数を得られません。
 慶應大学を受験するのであれば、課題文に引用された、福沢諭吉の有名な言葉が何を指しているか、理解しておくべきです。なぜなら、福沢諭吉は慶應大学の創始者だからです。
 日本が江戸時代に重視していた儒教思想には、「人には上下の別がある」、つまり、人が生まれながらに身分の貴賤があるという考え方があり、これが当時の常識でした。これは、武士階級と、それ以外を明確に区別した、江戸幕府の体制を維持するのに都合の良い考え方でしょう。
 これに対して、福沢諭吉の「天は人の上に人を造らず人の下に人を造らず」は、「人が生まれながらに身分の貴賤があるわけではない」という考え方であり、アメリカ合衆国の独立宣言から、福沢諭吉が引用したとする説が有力になっています。
 なお、身分の貴賤を快く思わない人々が、福沢諭吉の「天は人の上に人を造らず人の下に人を造らず」を引用することがたびたびありますが、彼らの多くは、福沢諭吉の主張を正しく理解していません。少し長くなりますが、福沢の主張を引用します。

【原文】
天は人の上に人を造らず人の下に人を造らずといへり されども今廣く此人間世界を見渡すにかしこき人ありおろかなる人あり貧しきもあり冨めるもあり貴人もあり下人もありて其有様雲と泥との相違あるに似たるは何ぞや

【現代語訳】
 天は人の上に人を造らず人の下に人を造らずと言われている。人は生まれながら貴賎上下の差別はない。けれども今広くこの人間世界を見渡すと、賢い人愚かな人貧乏な人金持ちの人身分の高い人低い人とある。その違いは何だろう?それは甚だ明らかだ。賢人と愚人との別は学ぶと学ばざるとに由ってできるものなのだ。人は生まれながらにして貴賎上下の別はないけれど、ただ学問を勤めて物事をよく知るものは貴人となり富人となり、無学なる者は貧人となり下人となるのだ。

 ここに引用した箇所全体を読むと、「身分の貴賤」が存在することを前提に、「学問の習得に励むこと」の重要性を訴えていることがわかります。
 なお、アメリカ合衆国の独立宣言に盛り込まれている同種の言葉は、「人間に『基本的人権』が等しく与えられるとする考え方」を宣言するものです。しかしながら、当時アメリカ合衆国で、奴隷として扱われれた黒人は、人間扱いされず家畜と同じ扱いで、「基本的人権」を与えられていませんでした。これは、現代に生きる我々にとって、辛辣な皮肉でしょう。

 話が本論から逸れてしまいました。福沢諭吉の著作の有名なフレーズ「天は人の上に人を造らず人の下に人を造らず」は、「 基本的人権が等しく人間には与えられている」という意味で、引用されることが多いと申せます。これを踏まえて課題文を読むと、栄養失調と過労から病気になり、ついには亡くなってしまった水夫には、「基本的人権」が与えられていなかったと読み取ることができます。
 福沢諭吉が、基本的人権を重視するリベラリズムの思想に傾倒していたから、水夫のお墓を設計し、お墓参りをしたのか、あるいは、当時の福沢諭吉の境遇から、水夫に強く共感したのかは、わかりません。私は、後者であると思いますが、今更福沢諭吉に確認することはできません。ただし、課題文の筆者宇沢氏が、咸臨丸と水夫を巡るエピソードに、福沢諭吉の「基本的人権」を重視するリベラリストの側面があると解釈していることだけは、課題文から読み取りたいところです。


a 「天は人の上に人を造らず人の下に人を造らず」をこのように解釈するのは、無理があります。課題文の筆者が主張する、「福沢諭吉のもっていたリベラリズムの思想」の説明としては、不適切です。
 なおリベラリズムの思想では、個個人の思想の自由を尊重するので、個人主義と相性が良いと申せます。これに対して、集団主義では、集団の利益にあわせた行動が優先されるため、個個人の思想の自由は軽視されます。リベラリズムと対立する概念として、保守主義がありますが、この保守主義が、集団主義と相性が良いと申せます。
 このように考えると、課題文の筆者が主張する、「福沢諭吉のもっていたリベラリズムの思想」は、個人主義の傾向が強いと申せます。ただし、答案作成の際に、「集団主義」や個人主義に注目する必要はありません。「基本的人権の重視」の観点から、答案を作成するのが最も妥当でしょう。

b 答案a部分で述べた内容が不適切であるため、以下の議論は無効です。


 以上を踏まえて、別解を作成して提出してください。
 再提出の答案を楽しみにお待ちしています。


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