WIE小論文navi:慶応大添削コメント例[文学部]07年(2)

このコメントは、WIE小論文navi添削講座「慶応大小論文(論述力試験・論文テスト)」で実際に行われたものです。


大学別小論文(慶大 文) 07年-1回目
(添削コメント)
 

設問Ⅰについては重要概念の取りこぼし、設問Ⅱについては解答者の恣意的解釈が目立つなど、いずれもWIEの基準では、残念ながら合格圏の小論文には至っていません。
  この問題は、我々が日常経験したことのない、特殊な状況を取り上げた課題文を理解しつつ解くもので、それだけに難易度は相当に高いと言えます。しかし、志望学部がこのレベルの問題を解くよう要求しているのですから、合格を勝ち取るためには、泣き言は言っていられませんね。小論文の基本を理解し、課題文の内容を読み解きながら、再度問題に挑戦して下さい。

  それでは以下、個々のコメントです。
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設問Ⅰ
  おそらく、課題文の内容・設問の要求を大まかにはつかんでいらっしゃるのだと思います。しかし、設問文の重要概念「根源的な応答」に対応した答案になっていません。つまり、現状では、サラエヴォの事例が「サルトルの問いに対する一つの応答」であったことの理由としては成立しているのですが、なぜ筆者が併せて「根源的な応答」としているのか、その理由まで述べられていないということです。
  言葉にしてわずか4字の見落としですが、この語が重要概念であるため、残念ながら、ギリギリで合格圏外の小論文と判定させて頂きました。現在の記述を整理し、できた余白を使って、「根源的な応答」である理由を述べましょう。

*:誤字です。小論文試験では、文章の論理性が重点的に評価されますが、やはりこうした点も減点の対象となります。特に重要概念を書き間違えてしまったりしますと、解答者の意図が正確に伝わらないおそれもあります。試験まで時間が無いと、どうしても焦ってしまうものですが、十分注意して下さい。
a:記述を整理するための修正です。
b:課題文の記述と齟齬があります。サルトルがこのことを明確に考えていたのかどうかは、課題文の記述からは判断できません。「孕まれた」「無条件に前提としている」という課題文の記述を正確に反映できるよう、修正する必要がありますね。
c:「根源的な」という部分に応えるための修正です。ここで根源的と言っているのは、「サルトルの問いは、その根源に文学の本質に対する問いも含んでいたが、このサラエヴォでの事例が、それに対して応答するものであった」ためです。課題文に即して言えば、この「包囲されたサラエヴォ」の事例は、「文学とは平時を生きる者のみに意味のある奢侈品である」という文学解釈を根源にもつサルトルの問いに対して、「非常事態を生きる者たちこそ、他の誰にも増して文学を必要としている」ことを示したということですね。
  このことを述べるためには、サルトルの問いの根源にある文学解釈(=文学は平時を生きる者のみが堪能することを許された奢侈品)を解答内に盛り込む必要があるでしょう。
d:『ゴドーを待ちながら』の上演が、常にサルトルの問いに対する根源的な応答になるわけではありません。ここで重要なのは、「非常事態下」かどうかということです。したがって、「サラエヴォ」という語を落とすべきではありません。
e:注を確認して頂きたいのですが、これは戯曲、つまり演劇(の台本)です。したがって、これを「演奏する」というのは誤り。課題文通りに「上演する」と書くべきでした。
f:おそらく制限字数を考慮してのことだと思いますが、小論文では課題文の記述に沿って、「問い」と書くべきです。
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設問Ⅱ
  アドルノの発言と筆者の見解を解釈した理由が明確でないため、読み手が小論文解答者の見解に納得できません。読み手と見解を共有できない文章は、課題文・意見表明文であって、残念ながら小論文とは呼べないのです。
  アドルノに関しては簡単な説明しかありませんから、解釈が非常に難しいと思われますが、課題文の内容を読めば、ある程度の説得力をもった解釈を行うことは可能だと考えます。下線部②付近の記述を読めば、戦争によって、一方的かつ暴力的に毀損された人間の尊厳を回復する、という点で、筆者が「文学=戦争の対義語」と解釈していることがわかるでしょう。
  アドルノの発言の意味を簡潔に説明すれば、「詩などの芸術作品とアウシュビッツは、いずれも同じ文化・文明が発展したものである。人類は優れた芸術を生み出してきたが、そのいずれもが、ついにアウシュビッツに至る道を封じることはできなかった。その意味で言えば、従来の芸術活動のありようでは、その成果物には、アウシュビッツに到達する野蛮さの可能性が常に内在する。」ということです。つまり、アドルノは、「文学と戦争との間には野蛮という共通項がある以上、文学を戦争の対義語とすることはできない」という立場を取っているのですね。
  このように、アドルノは戦争の加害者を生み出す人類の営みを、筆者は戦争の被害者を守る人類の営みを、それぞれ文学と結びつけています。両者の発言の違いは、ここから生まれるものです。この違いをふまえて「文学は戦争の対義語たりうるか」について述べる際に、両者の発言を棚上げしてしまっては、議論が成立しません。
  この点をふまえ、まずご自身の課題文・設問文解釈の根拠を明確にし、小論文としての完成度を高めて頂きたいと思います。

a:先のコメントでも述べましたが、そのように解釈した理由を明確にして下さい。前提となるアドルノ・筆者の見解をご自身なりに読み解いた結果を説明した上でなければ、この記述は「言いっぱなしの意見、感想」になってしまいますから、ご自身の答案が小論文として成立しなくなってしまいます。
  なお、*のように記述されていますが、アドルノがサルトルと同様の見解にある、と考えるのは、アドルノがユダヤ人として非常事態下に置かれた人であることを考えると、あまり説得的な見解ではないように思われます。上に一般的な見解を示しましたので、参考にして、根拠を明示してご自身の見解を展開して頂きますよう、お願い致します。
  また、**とありますが、筆者の見解は、あくまで課題文の記述から類推して下さい。こちらも上に一般的な見解を示しましたので、根拠を明示してご自身の見解を展開して頂きますよう、お願い致します。
b:この部分、文意が通じません。非日常下で文学を享受することが、平和な状況下でやるべき事というのは、どう考えても論理的に破綻しています。ご自身で書きたいことを整理して、文意が通じるよう、整理して展開しましょう。
c:戦争時というよりも、戦時という言い方の方が一般的です。
d:筆者の見解とは齟齬があると考えます。課題文の見解に準じた「人間としての尊厳を回復する営み」とは、極限状況下で、虫けらのように簡単に殺されてしまった犠牲者を、集団としてではなく、彼らの精神的営みを丁寧に描き出すことで、一人の人間として扱うことだと言えるでしょう。
  「非常事態下で人々が文学を読む理由」と、「文学が戦争の対義語である理由」は、似て非なるものです。言葉を厳密に解釈しながら、小論文の課題文をよく読み直してみて下さい。
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  以上です。


このコメントは、WIE小論文navi添削講座「慶応大小論文(論述力試験・論文テスト)」で実際に行われたものです。


大学別小論文(慶大 文) 07年-1回目
(添削コメント)
  残念ですが、この年については、05・06年の小論文よりも評価が低くなってしまいました。設問Ⅰ・Ⅱのいずれも合格小論文答案とは評価できません。なぜなら、課題文・設問文に即した記述ができていないからです。特に設問Ⅱでは、課題文を無視して議論してしまっていました。以下に詳しいコメントを述べますから、参考にして、再提出の際は文句なしの合格圏の小論文答案を目指して下さい。

  それでは以下、個々のコメントです。
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設問Ⅰ
  対応する概念はよく抽出できているのですが、設問に沿ってこれらの概念を並べ、課題文の内容を再構成するという点で若干の問題があります。サルトルの問いの根源にある「文学」の本質と、この事例から筆者が抽出した「文学」の本質とを明確にし、設問の指示に沿って記述していけば、合格小論文答案として申し分のないものが作成できるでしょう。
  ヒントを申し上げれば、この「包囲されたサラエヴォ」の事例は、「文学とは平時を生きる者のみに意味のある奢侈品である」という文学解釈を根源にもつサルトルの問いに対して、「非常事態を生きる者たちが、他の誰にも増して文学を必要としている」ことを示したということですね。

a:「自分達」では何のことか分かりません。「われわれ」もしくは「平時を生きる」といった、課題文の概念通りの記述を心がけましょう。
b:日本語として文意が通りにくくなっています。ここは明確に、「平時を生きる者」と「非常事態を生きる者」との対比を示しましょう。
c:課題文では、「特権」という言葉は、「小説を著すこと」について用いられています。ここで文学そのものについて言うならば、「奢侈品」という概念を用いて表現すべきでしょう。文学を奢侈的なものとするサルトルの前提に対し、筆者は異を唱え、文学は人間が生きる上でもっと重要なものだと述べているのです。サラエヴォの事例は、この解答を具現化したものだということですね。
d:字数に限りがありますので、小論文に具体的事例を盛り込む余裕はないと存じます。
e:これは筆者の見解ですが、ここで問いに直接影響する部分ではありません。ここで重要なのは、「筆者は、文学が奢侈品ではないことを、非常事態にある者たちこそ文学の享受者であることを以て示している」という構造を示すことです。
f:日本語として文意が通りにくいので改めました。
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設問Ⅱ
  アドルノと筆者の立場の違いをふまえた解答になっていません。その点で、今回の小論文答案は大きな問題点を抱えていると言えるでしょう。
  アドルノの発言は内容把握が難しいと存じますので、少し説明しておきます。この発言を簡潔に解釈すれば、「詩などの芸術作品とアウシュビッツは、いずれも同じ文化・文明が発展したものである。人類は優れた芸術を生み出してきたが、そのいずれもが、ついにアウシュビッツに至る道を封じることはできなかった。その意味で言えば、従来の芸術活動のありようでは、その成果物の内部には、アウシュビッツに到達する野蛮さの可能性が常に内在する。」ということです。つまり、アドルノは、「文学と戦争との間には野蛮という共通項がある以上、文学を戦争の対義語とすることはできない」という立場を取っているのですね。
  このように、アドルノは戦争の加害者を生み出す人類の営みを、筆者は戦争の被害者を守る人類の営みを、それぞれ文学と結びつけています。両者の発言の違いは、ここから生まれるものです。この違いをふまえて「文学は戦争の対義語たりうるか」について述べる際には、どちらかの発言を棚上げしてしまっては、小論文の議論として成立しません。ましてや、両者の見解を吟味することなく独自の意見を展開するだけでは、設問の要求に応えたとは言えないのです。
  再提出の際は、この点を改める必要があるでしょう。

a:このように断じる前に、「戦争は文学の対義語たり得るか」について、両者の見解を整理して展開する必要があるでしょう。
b:何を指しているのか不明です。文学史に戦争や人々の生活の様子が描かれていると書かれていますが、文意が通じません。今まで書かれてきた文学作品に、ということでしょうか?
c:なぜそう思うのかについて、根拠が記されていません。作文などでは、ご自身の「思い」を綴っても問題はありませんが、第三者と思考を共有する「小論文」では、彼らを納得させるに足る根拠に基づいた見解を示す必要があります。
  また、このことによって、なぜ「文学が戦争の対義語たり得る」と言えるのか、言及されていない点も問題です。設問の問いに関係ないことは、論旨を混乱させるもとですから、小論文には一切書くべきではないのです。
d:このように言うならば、現在文学はその役目を終えていることになります。従って、現在の文学の在りようを明示せねば、「文学が戦争の対義語たり得る」とは言えなくなってしまいます。
e:事実認識に誤りがあります。絵画は文学作品ではありません。
x:課題文の記述を受けた議論になっていません。課題文末の一文を読む限り、筆者は「苦しみを忘れるため」という意味合いよりも、「その死を誰にも記憶されることなく死んでいった者たちの人間としての尊厳を担保し続ける」という役割を以て、文学を「戦争の対義語」と捉えていると推察されます。つまり、極限状況下で、虫けらのように簡単に殺されてしまった犠牲者を、犠牲者の集団、単なる数としてではなく一人の人間として扱い、彼らの精神的営みを丁寧に描き出すこと、つまり戦争が暴力的に奪ったものを回復するという点で、文学は戦争の対義語と言えるということですね。
  課題文を離れたご自身なりの文学論を展開してもかまわないのですが、その前に筆者の見解には軽く触れておく必要があるでしょう。「筆者はこのような理由で、文学は戦争の対義語たり得るとしているが、私の見解はそれとは異なる。それは、…」などといった小論文の記述法が考えられます。その上で、ご自身の見解について、根拠を明確にしながら述べるならば、議論としては立派に成立します。
  以上をふまえ、小論文答案の構成を全面的に再検討してみて下さい。ただし、字数制限もありますので、独自の見解で議論を成功させることは、相当に難しいということは、あらかじめ申し上げておきます。
y:アドルノの発言をふまえるならば、「では過去に幾冊も戦記が著されているにも拘わらず、未だに戦争がなくならないのはなぜか? こうした戦記は、戦争の抑止力にはならないのではないか? とすれば、文学はやはり戦争の対義語たりえないのではないか?」という疑問が当然起こってくるでしょう。余力があれば、こうした疑問にどのように対応するか、考えてみて下さい。
※:誤字が多いようです。注意して下さい。
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  以上を参考に、小論文答案を修正して再提出して下さい。

WIE西早稲田教育研究所
太田 玲

【通信欄について】
  仰るとおり、小論文では最重要概念(群)とその関係が正確であれば、大幅な減点はされないと存じます。ただし、課題文から抽出してきた概念群を結びつけていく際、日本語としての正確さにも気を配るようにして下さい。ここで文章の構造がねじれてしまいますと、結果として概念群の関係がおかしくなってしまうことになります。
  また、構想メモで字数の目算が立てられないとのことですが、メモ上では記号でも、課題文に書かれている語に戻ることはできるでしょう。面倒でもそうした復元を頭の中で行いながら、字数の目算を立ててみて下さい。


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