WIE小論文navi:慶応大添削コメント例[文学部]07年(3)
このコメントは、WIE小論文navi添削講座「慶応大小論文(論述力試験・論文テスト)」で実際に行われたものです。
大学別小論文(慶大 文) 07年-2回目
(添削コメント)
修正をして頂きましたが、まだギリギリで合格圏外、という状態の小論文です。設問Ⅰ・Ⅱともに重要概念の取りこぼしがあるほか、設問Ⅱでは自説の論証に成功していません。
以下のコメントをよく読み、ご自身の復習にお役立て下さい。
それでは以下、個々のコメントです。
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設問Ⅰ
書いてはいけないというわけではありませんが、黒田氏やベツレヘムでの事例は、この設問ではまったく求められていません。こちらに記述を割き、重要概念である「われわれ」「彼ら」の説明等を割愛してしまったことで、小論文答案の評価が著しく下がってしまいました。
また、ただ文を並べるのではなく、文相互のつながりを考え、適切なつなぎの言葉を盛り込むことも肝要かと存じます。
a:上にも述べましたが、課題文の「われわれ」「彼ら」は、ある限定された意味を持っています。従って、ただ単体で「われわれ」「彼ら」と書くだけでは、読み手に意味が通じません。課題文筆者の規定する概念を補足しながら、記述しなければならないのです。
b:課題文通りの記述を心がけましょう。
c:ここで1文を切った方が、小論文の意味の流れが読み手に伝わりやすくなります。
d:上にも述べましたが、ここではサラエヴォの事例とサルトルの問いとの関係を明示すれば良いのであり、黒田氏やベツレヘムでの事例を紹介すると、却って小論文の文意が伝わりづらくなってしまいます。この部分は以下のように修正すべきだと考えます(86字)。
こうした文学の本質に関わる問いに対し、包囲下のサラエヴォという非常事態下でなお戯曲が上演されたことで、文学が非常事態下を生きる者において真の生きる糧となることを示したから。
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設問Ⅱ
最終的に「文学は戦争の対義語たりうる」という自説を述べながら、小論文答案の一部で「文学は戦争の対義語たりえない」という見解を提示されています。このこと自体は問題ないのですが、その反証に成功していないため、結果として自説を論証できていません。従って、今回も合格圏の小論文と判定することはできませんでした。
今回の小論文答案は、全面的に改めて頂く必要がありますが、添削はこれで最後です。つきましては、以下に解答例を付しますので、自習の際は参考にして下さい。これが唯一の正解というわけではありませんが、問いと自説の整合性、自説とその論証の妥当性について、確認して頂ければと思います。
a:課題文や設問文から、直接的にこうした解釈を導き出すことは難しいでしょう。従って、そう解釈した根拠が明らかになるよう、与えられた文(課題文や設問文の記述)を適宜利用して説明を補った方が、読み手の理解を得られます。
b:ここで解答者の見解を明確にしておくと、論旨がねじれたり、矛盾が生じたりすることを防ぐことができます。
c:これは絶対的真理ではなく、あくまでA様のお考えに過ぎません。ですから、このように述べる場合は、例示(過去の実例)などによって、この見解の妥当性を読み手に訴えておく必要があるでしょう。
d:課題文通りの記述を心がけましょう。
e:小論文前段の反証に成功していません。確かに戦争を反省するような作品については、こうしたことが言えるかもしれません。しかしこれは同時に、衝突を鼓舞するか、あるいは特定の集団(もしくは個人)の排撃を望むような書き手のメッセージを、同じ見解を持つ読み手が受け取った場合、結果として戦争もしくは何らかの紛争を発生しかねない状況にもなりうるということです。どちらに働くか分からないのであれば、このことを以て文学を戦争の対義語とすることはできません。
【解答例】(20字×26行)
テオドール・アドルノの見解は、「野蛮」という共通項がある以上、文学は戦争の対義語たりえないというものだ。一方筆者は、人間性を暴力的に破壊する戦争と、その中で人間性を守る文学という構造を示し、両者の対義関係を表現している。a
確かに、第2次大戦以前の文学は、アドルノの指摘通り、アウシュビッツと同じ文化に根ざした野蛮なものだったかもしれない。しかし今後の文学については、私は筆者同様、戦争の対義語たり得ると考える。文学は、人間の営みを破壊する戦争の行為を暴き、戦争が破壊した人間の尊厳を回復するものだb。
この好例として、『アンネの日記』が挙げられる。著者である少女は、第2次大戦期のユダヤ人迫害で命を落とした。この犠牲者は600 万人と言われるが、彼女の日常を記したこの本を読む者は、単に600 万分の1という数字ではなく、自分と同様に生を享受した1人の人間として、彼女を実感できる。こうして、戦争が暴力的に毀損した彼女の尊厳は回復されるのである。
また、戦争が蹂躙したものに目を向けることで、戦争を知らない者にもその愚かさが伝わる。このとき、文学は、戦争を抑止しうる力をも備えていると言えるだろう。
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以上です。これで講座は終了しますが、試験まで気を抜かず、合格目指して努力していって下さいね。
最後となりましたが、A様の試験でのご健闘を、心よりお祈りしております。
WIE西早稲田教育研究所
太田 玲