WIE小論文navi:慶応大添削コメント例[文学部]07年(8)
このコメントは、WIE小論文navi添削講座「慶応大小論文(論述力試験・論文テスト)」で実際に行われたものです。
慶應大学小論文(文学部) 07年-2回目
(添削コメント)
前回のコメントに沿って小論文の修正をして頂きましたが、一部に恣意的な解釈が残っており、残念ながら合格圏の小論文と判定することはできませんでした。
現在の小論文答案は、仮に昨年の試験に提出したとすれば、受験者全体の能力偏差に小論文答案の合否が左右されてしまうレベルです。文句なしの合格小論文答案を目指し、修正を加えましたので参考にして下さい。
以下、個々のコメントに参ります。
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設問Ⅰ
この小論文は大筋ではよく書けています。しかし、末尾に課題文の内容を拡大解釈している記述がありましたので、この点で評価を下げざるを得ません。したがって、今回の答案は、前回よりも完成度は上がっているものの、ギリギリで合格圏外、と判定させて頂きました。課題文の記述を正確に受け止め、答案に反映して頂きたいところです。
a:課題文通りの記述を心がけましょう。サルトル自身ではなく、その問いの前提にこうした考えがあるのでしたね。
b:コメントで字数が増えますので、そのための調整です。
c:文意不通です。状況を文に移し替える際は、「何がどうした」の整理を十分行ってから書き始める必要があります。具体的には簡単な図を書き、どれを主語に、何を述語にするか、慎重に検討して下さい。これは面倒な作業ですが、この手間抜きで文が書けるようになるまで、練習として行うことが必須です。
d:aと同様の修正です。
e:不適切な接続語です。接続語として何を使うかを選択する際には、前後の記述をよく見比べ、それぞれがどのような関係になっているか、またどのような事柄を述べ、主語述語は何かをよく考える必要があります。
f:この事例だけでは、「文学は平時を生きる者のみに意味のある奢侈品」という考え方に対して反証を示したことまでしか述べられないでしょう。「文学は『彼ら』のためにある」というのは筆者の考え方ですが、この事例だけから導き出されたものではありませんね。その点も含め、この部分はこのように修正すべきだと考えます。
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設問Ⅱ
筆者の見解を小論文に盛り込むことを忘れてしまったようですね。前回も申し上げましたが、「文学は戦争の対義語たりうるか」について述べる際には、筆者、アドルノの発言のどちらかを棚上げしてしまっては、議論として成立しません。
従って今回も、論証過程で大きな問題を抱えています。詳しくは個々のコメントに述べますが、「こうだからこうなる」という論理の流れを意識しながら、小論文答案の構成を考えるように習慣づけておきましょう。
なお、今回の答案は、全面的な書き直しが必要となります。小論文解答例を以下に示しましたので、復習を兼ね、ご自身で問題に再度取り組むことをお勧めします。これを1言1句暗記するのではなく、自説と首尾一貫した論証の組み立て方について、参考にして下さい。
a:アドルノの見解について誤った解釈をしています。アドルノは、アウシュビッツと文学とが同じ文化・文明に根ざしていることを指して、「同じ野蛮をその中に含んでいる」と述べているのです。先の大戦で文学が戦争への抑止力を持たなかったことを以て、「野蛮」と判断したわけではありません。
b:ここで、課題文筆者の見解をまとめて述べて頂きたかったところです。その上で、G様がどのような立場を取るのかについて述べるべきでした。
c:論理が飛躍しています。確かに文学作品にはこうした働きがあるかもしれませんが、だからといって、全ての文学が過去の惨事を取り上げるとは言えません。逆に、戦争の大義や華々しさ、そこでのドラマを伝える文学においては、ここで書かれていることと全く逆の働きが生じる可能性もあるでしょう。
d:論証が抜け落ちています。映像作品に対する文学作品の優位性を述べるなら、そのように判断した根拠を提示しなければなりません。
なお、ここでは、文学と戦争との関係について述べるべきですから、こうした題意に直接関係しないことがらは、論証過程には一切関係ないものです。論旨を混乱させ、読み手の理解を損ないますので、本来はこの答案中で述べるべきことがらではありませんでした。
e:d部分が本筋とは関係のない話だったことが影響していると思いますが、文脈がとぎれています。
f:これがなければ、文意が通じません。
g:概念規定が明確ではありません。「人間本来の生きがい」とは何か、また戦争が確かにそれを奪うことを論証しませんと、このようなことは述べられないでしょう。
以下に小論文解答例を示します。これを1言1句暗記する必要はありませんが、自説を立て、それを論証するという過程がどのように行われているか、確認しておいて下さい。
感想文やエッセーでは、与えられたテーマについての雑感を連想的に書くことも許されますが、小論文では、「私はこのように考える。なぜなら、○○だからだ」といった形で、自説を述べたら、必ずその理由も併せて述べねばなりません。このことを忘れずに、試験まで小論文の勉強を続けて頂きたいと存じます。
【解答例】(20字×26行)
テオドール・アドルノの見解は、「野蛮」という共通項がある以上、文学は戦争の対義語たりえないというものだ。一方筆者は、人間性を暴力的に破壊する戦争と、その中で人間性を守る文学という構造を示し、両者の対義関係を表現している。
確かに、第2次大戦以前の文学は、アドルノの指摘通り、アウシュビッツと同じ文化・文明に根ざしたものだったかもしれない。しかし、人間の営みを破壊する戦争の行為を暴き、戦争が破壊した人間の尊厳を回復する限りにおいて、今後の文学については、筆者同様、戦争の対義語たり得ると私は考える。
この好例として、『アンネの日記』が挙げられる。著者である少女は、第2次大戦期のユダヤ人迫害で命を落とした。この迫害の犠牲者は600 万人と言われるが、彼女の日常を記したこの本を読む者は、単に600 万分の1という数字ではなく、自分と同様に生を享受した1人の人間として、彼女を実感できる。こうして、戦争が暴力的に毀損した彼女の人間性は回復されるのだ。
また、戦争が蹂躙したものに目を向けることで、戦争を知らない者にもその愚かさ・悲惨さが伝わる。このとき、文学は、戦争を抑止しうる力をも備えていると言えるだろう。
以上です。これでこの小論文講座は終了しますが、試験まで気を抜かず、合格目指して努力していって下さいね。
最後となりましたが、G様の試験でのご健闘を、心よりお祈りしております。
WIE西早稲田教育研究所
大学別小論文担当
太田 玲
【通信欄について】
確かにアドルノの発言を読み解くのは難しく、実際の試験では手も足も出なかった、という受験生も相当数いたのではないかと思います。
ここでは、設問文から、課題文筆者の見解に対立する概念としてアドルノの見解があることを読み解き、その上で「アウシュビッツの後で詩を書くことは野蛮である。」という言葉の意味に迫っていくことになります。「人類がアウシュビッツを経験した後に、なおこうした文学を続けることは野蛮だ」と言っているわけですね。
もちろん読解力は必要ですが、その前に、アドルノがどのような哲学者だったのかについて、一通り知識がありますと、読解の手助けとなります。倫理の教科書などで触れられていると思いますので、時間があれば見ておいて下さい。
このように、高校で学習したことは、小論文試験に役立つ知識となります。アドルノの件に限らず、倫理・政経、世界史の教科書などを読み返し、確認しておくことをお勧めします。