WIE小論文navi:慶応大添削コメント例[法学部]05年(4)
このコメントは、WIE小論文navi添削講座「慶応大小論文(論述力試験・論文テスト)」で実際に行われたものです。
慶大小論文(法) 05年-1回目
提出して頂いた小論文答案を拝見しました。今年度の課題文は、課題文の難度が高いため出題意図の把握が容易でないのですが、提出された小論文は、出題意図をほぼ理解して作成しているので、実際の試験では今のレベルでも合格していた可能性もあります。しかしながら、概念の関係づけに曖昧な点があるので、WIEの基準ではあと一歩ですが合格小論文には至っていません。
今回の課題文の重要概念は、小論文答案の冒頭の段落にも盛り込まれた「共通善」と「暴政」です。課題文を踏まえて「権力と国民」について論じるには、こうした課題文の重要概念との関係を示すようにしたいところなのです。
それでは、提出された小論文答案に対して具体的な改善コメントを記していきましょう。
■ 答案に書き入れました赤字が改善すべき点です。abc……の記号に対応するコメントは下段に記入してありますのでご参照下さい。記号のない箇所については、単純な誤記や分量調節のためのものです。
────────────────────────────────────────
a 課題文の重要概念「共通善」と「暴政」をおさえて要約を示しています。以下の論述では、この二つの重要概念との関係を示しながら論じるようにしましょう。
なお、「共通善」の理解を深めるため、課題文で事例として挙げられている「ナチスドイツ」を補足説明します。
ナチスドイツのユダヤ人迫害(=共通善に反する行為)は有名ですが、ナチス党は、決してクーデターによって政権を掌握したのではなく、極めて民主的な手続きの代表例である「普通選挙」で選ばれました。多くの人が政治に関心を持ったからといって、選挙の結果誕生する政権が、共通善を目指す政治をするとは限らないのです。
課題文では、「ナチス政権下のドイツ人の多くによって、その政治の異常さがまったく意識されなかった」とありますが、異常さの本質的な問題は、「共通善」を求めない国民自体にあったと課題文は訴えているのです。当時、ユダヤ人が多くのドイツ人(それだけではなく、多くのヨーロッパ人に)嫌われていたのは事実で(『ベニスの商人』に出てくる金貸しシャイロックはユダヤ人です)、これを利用して、ナチス党はユダヤ人迫害の政策を行い多数の国民から支持されたのです。
国民一人ひとりが共通善を求めるのではなく、個々人の利益代表を選ぶのであれば、多くの人が政治に関心を持ったとしても、選ばれた人は、「国民の多数という名でも一部の代表(≠政治共同体全体の善を求めない人)」になってしまうのです。ここに、共通善実現の難しさがあります。
b 踏むべき手続きの無視も権力の横暴なのですが、課題文によると正当な手続き(=普通選挙の規定に従ったナチスドイツ)を踏んだとしても、暴政が起こることになってしまいます。従って、国民投票法案の可決に問題があることを示すには、別の観点(=暴政や共通善の観点)から、小論文で説明する必要があります。
小論文答案のこの部分では、「現政権のイデオロギーに都合いいように変える」ことから、暴政だとしていますが、現政権のイデオロギーが共通善を目指すものであれば、手続きが不十分であったとしても、暴政(=共通善を目指さない)とまでは言えないことになってしまいます。
この問題を解決するには、「権力の恣意的支配」が、暴政あるいは、共通善に反することを示さなければなりません。「暴政=特定の集団の利益を目指すもの」、「共通善に反すること=政治共同体全体の利益を目指さないこと」ですから、このことと用意した事例との関係を小論文で説明して下さい。
なお、この事例では手続きに問題があることしか説明できないようでしたら、削除するか、別の事例に変えるようにして下さい。
c 課題文の重要概念との関係を示すには、学校教育が、共通善を志向しない人間を形成することを説明する必要があります。これには、学校教育を通して、少数意見を排除したり、多数に従うことを強制することで、小数意見を持つ者を含めた共同体全体の利益を目指さない人間を形成することを小論文で説明すればいいでしょう。
学校教育が権力に従順な人間を形成するということを述べるだけでは、十分に課題文の議論を踏まえた小論文の論述とは言えません。
d 学校教育が、共通善を目指すものであれば、維持されても全く問題ありません。問題があることを示すには、ここに示すシステム(=学校教育)が、共通善を目指して設置されていないことをあらかじめ小論文で説明する必要があります。
e 権力がマスメディアを利用してことを説明していますが、課題文の重要概念との関係を小論文で説明していません。権力がマスメディアを利用して暴政(=特定の集団の利益を目指すもの)を行っていることを説明してみたらどうでしょうか。
f 権力を内在化すると、共通善を目指さなくなる恐れが高くなることを併せて説明するべきです。
g この「世界」が何を指しているかを考察すると、現在のものとは異なる方針でも答案を作成できます。先に、「共通善は共同体全体の利益を目指すもの」と説明しましたが、実は、共同体がどの範囲なのかまで考えると奥の深い問題になります。
例えば、公共事業で、建設業者の談合を容認して不当に高い費用で落札することは、暴政だということになりそうなのですが、これは共同体の範囲を日本国民全体、あるいは、地方住民全体と考えるからです。しかし、共同体の範囲を建設業者のグループだと規定すれば、談合は共通善の実現です(=建設業者全体の利益)。同じ事象が視点によって評価が変わってしまうわけですね。
同様に他の事例についても、共同体の範囲を変えることで、同一の事象が、共通善を目指すものになったりならなかったりします。このことから、共通善を論じるに当たっては、共同体の範囲も考察の対象になりうるわけですね。
────────────────────────────────────────
上記コメントを参考にして小論文答案を修正し、再提出して下さい。
現在の小論文答案は、文章を独立でみたときには、完成度が高い素晴らしいものなのですが、入学小論文試験で高得点を取るには、優れた答案(=設問に応えることや重要概念との関係づけなどが必要)を作成することが必要となります。
再提出の答案を心よりお待ちしてします。
西早稲田教育研究所
受験小論文講座担当
中島 泰平