WIE小論文navi:慶応大添削コメント例[法学部]05年(6)

このコメントは、WIE小論文navi添削講座「慶応大小論文(論述力試験・論文テスト)」で実際に行われたものです。


大学別小論文(慶應大・法B) 05年-1回目

提出して頂いた小論文答案を拝見しました。05年度の小論文の特徴は、課題文の難度が高く、相当慎重に読解しないと出題意図が正確に把握できない点にあると言えます。
小論文答案の要約を見る限り、E様の読解力は決して低いものではないのですが、課題文の重要概念「暴政」を正確に理解できていません。設問文には、「共通善に関する筆者の議論を踏まえ」とありますが、「暴政」が理解できないと、これと対立する概念「共通善」も正確に理解できないので、結局のところ、設問の要求に正確に応えることができません。
  また、設問では、「権力と国民」について論じるように要求していますが、これとE様が用意した「ゆとり教育」の事例との関係付けにも失敗しています。
 
  それでは、提出された小論文答案に対して具体的な改善コメントを記していきましょう。

■ 答案に書き入れました赤字が改善すべき点です。abc……の記号に対応するコメントは下段に記入してありますのでご参照下さい。記号のない箇所については、単純な誤記や分量調節のためのものです。
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a 課題文の重要概念「共通善」と「暴政」を盛り込んで要約を示しています。このことから、E様の読解力は決して低いものではないことが察せられます。ただし、「暴政」の理解に不十分さが残ります。
  暴政について、課題文では以下のように記されています。
  
   「暴政」とはある一部の権力者や権力がひいきにする特定の集団が利益を享受することを目的とする政治のことである。

   また、この直前の文を参考にすると、暴政は、「特定の個人や集団にとっての善(利益)を目指す政治」であるということになります。
   ところが、提出された小論文答案の※部分では、暴政を「一部の権力者」が起こす問題として説明しています。問題になるのは、一部の人が権力者になることではありません。権力者が政治共同体全体にとっての善(あるいは利益)ではなく、集団の一部の善(あるいは利益)を目指すことを問題視しているのです。
   そうすると、共通善の考え方を利用して、「権力と国民」を議論するには、「国民全体の利益」と「一部の国民の利益」が相反する事例を取り上げて、権力者が、「一部の国民の利益」を実現しがちであることを説明すればよいことになります(課題文の筆者の主張に同意する場合)。課題文の読み取りの甘さが、以下の論述で論点がずれていってしまった根本原因になっているのです。
   なお、課題文の説明だけでは、「共通善」の意味が今一歩わかりにくいかも知れないので、課題文で事例として挙げられている「ナチスドイツ」を例として、補足説明しておきます。
   ナチスドイツのユダヤ人迫害(=共通善に反する行為)は有名ですが、ナチスは、決してクーデター等の暴力的手段によって政権を掌握したのではなく、極めて民主的な手続きの代表である「普通選挙」で選ばれました。多くの人が政治に関心を持ったからと言って、選挙の結果誕生する政権が、共通善を目指す政治をするとは限らないのです。
   「ナチス政権下のドイツ人の多くによって、その政治の異常さがまったく意識されなかった」とあるように、異常の本質的な問題は、「共通善」を求めない国民自体にあったと課題文は訴えているのですね。当時、ユダヤ人が多くのドイツ人(それだけではなく、多くのヨーロッパ人に)嫌われていたのは事実で(「ベニスの商人」に出てくる金貸しシャイロックはユダヤ人です)、これを利用して、ナチスはユダヤ人迫害の政策を行い、圧倒的多数の国民から支持されたのです。
   国民一人ひとりが共通善を求めるのではなく、個々人の利益代表を選ぶのであれば、多くの人が政治に関心を持ったとしても、選ばれた人は、「国民の多数という名でも一部の代表(≠政治共同体全体の善を求めない人)」になってしまうのです。ここに、共通善実現の難しさがあります。
b 設問の要求と直接関係ないので、短くまとめるか、割愛しても構いません。
c 「ゆとり教育」を取り上げ、これが共通善を目指すものであったとしています。この考え方自体は許容されますが、「ゆとり教育」問題の原因は、「共通善」とは関係のないところにあるのではないでしょうか。例えば、塾で勉強することを禁止すれば、貧富の差が教育に与える影響は少なくなります(この方策が共通善につながるかどうかはまた別の問題ですが)。また、「ゆとり教育」がなかったとしても、塾で勉強することを禁止すれば、貧富の差が教育に与える影響は少なくなります。結局のところ、塾での勉強を容認するかどうかが問題であり、「ゆとり教育」は副次的な問題だということになってしまいます。
   課題文の筆者に同意する立場で議論するには、取り上げる争点について、「国民全体の利益」と「一部の国民の利益」とが相反する面があることを説明するべきです。また、権力者が、「一部の国民の利益」を目指す政策を採用しがちであることも説明するべきだということになります。
  「ゆとり教育」を説明することで上の条件を満たせるのであればそれを示し、それが不可能だと考えるのであれば、別の事例に変えて小論文を書くようにして下さい。
d 「ゆとり教育」と「権力と国民」との関係付けを行おうとしているのですが、現在の記述は無理があります。なぜ教育の受け方が権力の差になるのでしょうか。設問の「権力」は、資料を踏まえる限りは、「国家権力」を指していると考えるのが妥当なので、これを対象に議論して下さい。
e 小論文答案は、制限字数の9割以上書くべきです。今回の場合1000文字程度なので、900~1100文字で答案をまとめるようにして下さい。制限字数の8割以下の答案は、状況(受験者が大量、採点者が厳しいなど)次第で、自動的に採点対象外(=0点)となってしまうおそれがあります。
※ 課題文では、「政・官・財界の癒着」・「年金制度の危機」・「教育の問題」等が取り上げられています。こうした中から、共通善や暴政の関係を説明する具体例を提示することでも解答は作成できます。例えば、公共工事を巡る談合を例に挙げて論じれば、一部の利益が全体の利益に反していることを説明しやすいと思います。
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  上記コメントを参考にして答案を修正し、再提出して下さい。

【通信欄について】
  「課題文に書かれていないことを書く問題」と認識しているようですが、上記のコメントにもあるように、課題文の重要概念の関係をおさえておかないと、小論文では設問の要求に応えることができません。特に、「共通善」と「暴政」の違いについて、全体の利益を追求するか、一部の利益を追求するかの違いとして理解しておかないと、論点がずれてしまいます。
  小論文というと、独創的な例を出すことが求められていると思っている受験生が多いようですが、まずは、課題文の内容把握ができていないと、論点にすべき項目が理解できず、適切な事例を探すことができません。
  「時間が足りなかった」旨の感想がありますが、最初から制限時間内に合格答案を作成できる受験生はいません。今の時点ではまず、設問文や課題文を丁寧に読み、設問の要求をよく理解した上で答案を作成することに専念するべきです。
  答案を作成するには、清書の前に構想メモを作成することが望ましいのですが、この構想メモは、設問文や課題文から読み取った重要概念の相互関係を検討するためのものです。
今回の小論文で言えば、「一部の利益(暴政)」「全体の利益(共通善)」「権力」「国民」等の概念の関係を検討することであり、この関係を説明するのに適した具体例を探してくるということです。重要概念の相互関係を小論文構想メモの段階で決めておけば、下書きをせずとも清書ができるでしょう。
  入学小論文試験の本番では、制限時間内に答案を作成できないと合格できませんが、練習の当初から制限時間内での答案作成にこだわってしまうと、「正しい小論文の作成手順」を身につけることができず、いつまでたってもまぐれ合格狙いの小論文しか作成できません。ここで言う「正しい小論文の作成手順」は、「設問及び資料の読み取りによる重要概念の抽出」→「重要概念の相互関係の検討」→「答案の作成」のことであり、小論文作成には、「読解力」「思考力」「表現力」の3つの能力が必要とされることとなります。
  あせる気持ちはわかりますが、まずは、「正しい小論文の作成手順」を身につけることに専念して下さい。遠回りのように感じるかも知れませんが、それ以外に合格答案を作成する方法はないのです。

西早稲田教育研究所
受験小論文講座担当
中島 泰平


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