WIE小論文navi:慶応大添削コメント例[法学部]06年(2)
このコメントは、WIE小論文navi添削講座「慶応大小論文(論述力試験・論文テスト)」で実際に行われたものです。
大学別小論文(慶大 法) 06年-1回目
この年の小論課題文は、一見して平易な文章で書かれているのですが、課題文の筆者の言わんとしていることを正確に理解するのはそれほど容易ではありません。慶應側は大学で学ぶにふさわしい考え方(→「思考の手続き」)を身につけていない受験生を落とすために巧妙な罠を用意しており、多くの受験生がこの罠にはまっています。
提出された小論文答案を拝見しました。初回から合格圏の水準に至っています。通信欄によると、「論評」の必要性に後から気づいたとのことですが、これを忘れていると、設問の要求に従っていないことになるので大きく減点されますね。
なお、現在の小論文答案は、大学受験の小論文としては合格圏の水準には至っているものの、
大学進学以降の感覚から検討すると、問題を抱えています。現在の「三」で説明されている調査案は、「学術的な聞き取り調査」の条件を正確には満たしていないからです。大学進学以前の段階であれば、「学術的な聞き取り調査」を知っているのは当然とするのは無理がありますので、これを理由に合格圏外とはしませんでしたが、再提出時には、大学進学以降の感覚から検討しても合格圏と言える小論文答案を目指して頂きたいと思います。
それでは、提出された小論文答案に対して具体的な改善コメントを記していきましょう。
■ 小論文答案に書き入れました赤字が改善すべき点です。abc……の記号に対応するコメントは下段に記入してありますのでご参照下さい。記号のない箇所については、単純な誤記や分量調節のためのものです。
────────────────────────────────────────
a 課題文の筆者の見解を紹介しています。答案※の「問う能力」は課題文の最重要概念であり、これを中心にして要約を作成することに成功しています。「問う能力」として要求されるものには複数あるのですが、小論文答案に盛り込まれている「問題意識」が課題文で最も強調されている点ですね。
b 論評を盛り込んでいます。賛否を示して、A様の立場(=自説)を明示するだけでなく、問題意識を持つことの重要性を、A様の経験を示しながら論証しています。
字数次第では、解答者の立場を示すだけでも許容されますが、正式に論評しようとすると、論証も求められることになりますので、現在の論述はその点で論評として優れていることになります。
c 小論文答案のbの部分の論評で、問題意識の重要性について、課題文の筆者に賛成する旨を 述べていることから、小論文答案のこの部分でも、これに触れることが要求されます。小論文答案では、「聞きたいことをあらかじめメモなどに整理しておくこと」とありますが、これは 問題意識を整理することになりますから、ここまでの記述と整合性のある記述ということになります。
また、「納得いくまで積極的に相手に聞くこと」とありますが、これも課題文の見解と矛盾しませんね。大学を取材施設としていかに有効に利用するかという観点から考えても、積極的に聞くことは重要となりますし、これは大学以外でも同様でしょう。
なお、これと関連して、課題文に登場する概念「問答の連鎖」や「人間的接触」について触れておきます。
一回の「生徒の質問」と、それに対応した「先生の回答」があれば、十分だとするならば、生徒に疑問がおきないように、わかりやすい授業を心がければ、ほとんど問題は解決してしまうでしょう(これは蛇足ですが、一部の予備校で実施されている映像授業はこの方針ですね)。課題文に登場する「人間的接触」や、「問答の連鎖」はそのような意味ではありません。
課題文では、大学の授業風景が紹介されていますが、これは、先生の説明に対応して生徒の質問がなされ、そして、その質問に対応する形で先生の説明がなされ、さらに、それに対応して質問がなされ、といったように、無限に「問→答→問→答→・・・」の連鎖が続いていきます。決して、細切れの問答「問→答、問→答、・・・」ではありません。問答を細切れ(問→答、問→答、・・・)のものとしてとらえていれば、細切れの「問→答」の数を増やすことが「積極的」ということになりますが、小論文答案に盛り込まれている「納得いくまで」は、答えを聞いても一度では今一歩納得できないことを想定していますので、「問→答→問→答→・・・」を指していることになります。
事前に準備をして、問題意識を整理しておくことは確かに重要なのですが、どうしても知識不足等が原因で、問題の所在を正確には理解できていないことが多いと思います。
「問答の連鎖」は、問題意識が問答の中で変化していくことを前提としているのです。
逆に、問題意識が問答の中で全く変化しないのであれば、質問者が想定していた狭い範囲内しかまともな答えとして認められないことになってしまいます。
問答の連鎖とは、知識のある人が、無知の人に一方的に知識を伝えるというものではありません。受験勉強をしていると、全ての問題の解答が、解答冊子のごとく既に存在していると思いがちなのですが、ほとんどの問題は、明確な答えがあるのかどうかもわからない状態で、多くの人が共同で問題解決に挑んでいるというのが、実際のところです。
d 高校生までの感覚であれば、詳しい人に聞けば全てわかると思ってしまうのは、致し方ないでしょう。これは蛇足ですが、私自身も、高校生のときにはそう思っており、大学の授業で「ほとんどのことはまだわかっておらず、解明のため格闘している段階であること」を大学教授に説明されて、受験勉強で堅くなっていた頭には相当にショックだったことを覚えています。
ただ、この「ほとんどのことはまだわかっておらず、格闘している段階であること」とする感覚は、大学進学以降で言えば、常識に近いものでありますので、「学術的な聞き取り調査」でも、「(そもそも本当に存在するのかどうかわからない)最終的な正解を聞きにいく」のではなく、「共同で問題の解決にあたる」あるいは、「聞き取り調査の結果を参考に、再度検討する」つもりで調査にあたるべきということになります。
今回の小論文答案に盛り込まれている「地球温暖化」についても、質問内容が、適切な本を選んで読むことで解決されてしまう問題では、正式な意味では、「学術的な聞き取り調査」とはなりません。「共同で問題の解決にあたる」あるいは、「聞き取り調査の結果を参考に、再度検討する」つもりで調査を考えてみて下さい。
ここでは例として、A様が既に取り組まれた慶応大学環境情報学部06年の小論文を参考に考えてみます。ここでは地球環境問題の深刻さは知識人の間では常識となっているものの、どのように社会を変えれば問題の解決に向かうかということを考えると、なかなかうまくいかないことに触れられています。「発明」が意図したとおりに機能しないことが、デザインの問題として資料2の「ファクター10」で論じられていますね。
環境情報学部06年の小論文では、消費のあり方を変えるように、魅力的な製品を発明することが要求されていましたが、地球環境問題の深刻さを広く一般に認識してもらうことで、多少暮らしが不便になっても広く協力してもらえる可能性が残っていると思います(宗教指導者はこの立場でしょう)。
そうすると、政府が政策指針を決める際には、自然科学的な意味での地球温暖化問題に対する認識を深めるだけでなく、人の行動様式を決定する心理についても現状がどうなっているかを調査しておくことが有意義になります。例えば、「温暖化問題に対する自然科学的な認識」がどの程度広まっているか、また「どの程度の不便さなら、温暖化問題解決のために許容できるか」を知ることで、現時点では、どのような政策指針に重点をおくべきかがはっきりしてきます。
例えば、「温暖化問題に対する自然科学的な認識」がまだ不十分ならば、啓蒙活動に力を入れるべきですし、また、「温暖化問題解決のために不便さが許容できる」とする人が多いのなら、どのような消費行動の選択が、温暖化問題解決に役立つのかより詳細に調査して、この結果を伝えたり、また温暖化防止の消費行動を後押しする仕組みを作っていくことが重要になるでしょう。
先般、古紙リサイクルの表示の偽装が発覚しましたが、この問題がおきた原因は、「製紙業界の不正」だけでなく、不正をおこしやすいなんらかの温床があったと思います。「自然科学的な認識の欠如(→再生紙は絶対的に環境にやさしいという消費者の思い込み)」・「消費者の心理(→白い紙を使いたい)」・「経済的な問題(→古紙の需要増加による費用の高騰)」・「法制度の不備(→グリーン購入法には罰則規定がない)」など、いろいろと仮説が考えられますが、実際にどのような問題が主な原因になってこうした表示偽装の問題がおきたのかは、複数の関係者に聞き取り調査をしないと明らかになってきません。こうした例であれば、聞き取り調査以前に、明確な解答を予測することがほぼ不可能ですから、学術的な調査として成立しやすいと思います。同様の不正は今後も起きる(あるいは発覚する)可能性が高いですから、調査結果の利用価値も高くなるのではないかと思います。
高校の範囲を超えて、少々難しい説明になってしまったかも知れませんが、適切な例が浮かばないようであれば、ここで挙げた例などを真似て小論文答案を作ってみて下さい。
────────────────────────────────────────
上記コメントを参考にして答案を修正し、再提出して下さい。
再提出の小論文答案を心よりお待ちしてします。
※ 通信欄の御質問は該当箇所で適宜説明しましたので、ここでの回答は省略します。
西早稲田教育研究所
受験小論文講座担当
中島 泰平