WIE小論文navi:慶応大添削コメント例[法学部]07年(5)
このコメントは、WIE小論文navi添削講座「慶応大小論文(論述力試験・論文テスト)」で実際に行われたものです。
大学別小論文(慶大 法) 07年-1回目
慶應法学部の小論文は、課題文の難易度が高いことが多く、この年度の課題文も難しい内容となっています。提出された小論文を拝見しましたが、K様は高い読解力をお持ちのようで、前半部の要約は、優れたデキになっています。
しかしながら、小論文答案後半部の論述は、重要概念のひとつ「歴史」を盛り込んでいないので設問に踏まえた論述になっていません。「歴史」を盛り込む方法がわからなかったとありますが、この原因はおそらく、課題文に登場する「歴史(主義)」の意味を正確に理解できていなかったからでしょう。
要約の部分が優れたデキであったため、実際の試験で今回と同様のレベルの小論文を書いて合格していた受験生もいたと思われるのですが、後半部分に問題を抱えているため、出題意図を完全に踏まえた答案とは言えず、WIEの基準では、合格圏の小論文に至っていません。
それでは、提出された答案に対して具体的な改善コメントを記していきましょう。
■ 答案に書き入れました赤字が改善すべき点です。abc……の記号に対応するコメントは下段に記入してありますのでご参照下さい。記号のない箇所については、単純な誤記や分量調節のためのものです。
────────────────────────────────────────
a 小論文答案前半部に提示している要約は良く書けています。ただ、要約が作成できたからと言っても、課題文の意味を正確に理解できているとは限らないので、「歴史」が課題文でどのように扱われていたかを中心に、課題文の内容を検討しましょう。
高等学校で習う「世界史」や「日本史」を参考にすると、「歴史」とは「昔起きた出来事である。」といったように理解するのが、一般的だと思います。ただし、このように「歴史」を理解したまま答案を作成してしまうと、今回の小論文は大学側が用意した罠にはまってしまいます。
今回の小論文に盛り込む「歴史」は、課題文でいうところの「歴史主義」を指します。 課題文の述べる「歴史主義」は、「歴史の真実をいつまでも追究し続ける姿勢」を指します。これは、課題文で、「歴史的真実」と「学問的真実」を同じ意味で使っていることからわかると思います。「歴史」を「昔起きた出来事」と理解していると、昔の合意事項に束縛される法的真実と、歴史的真実の明確な区別ができなくなってしまいますので要注意です。
また、課題文の第一段落では、対立する両者が歴史主義を主張した場合に、問題が解決せずこじれてしまうことを説明する文章が書かれています。
(中略)国家史、民族史が書かれた主要な動機が復権の要求であり、失われたものへの記憶であった以上、この対立の解消は容易ではない。当然ながら、被害を強く記憶する国家や民族ほど、国家史、民族史の観念に固執し、それを捨てることを新たな権利喪失と感じるであろう。歴史を個人の認識に返すという非政治的な試み(添削者注:これは、総理大臣が私人として靖国神社に参拝することなどを指します。)が、こうした国家や民族の人々にとっては、それ自体が政治的な企てに見えるだろう。この拙考そのものが中国や韓国の人々には詭弁に見え、加害者たる日本人の責任回避として映ることは、十分に理解できるのである。
もちろん、必ずしも筆者の主張に同意する必要はないのですが、筆者が「歴史主義」をどのような意味で使っているのかは正確におさえておく必要があります。
b 課題文の筆者の主張に同意しないとする自説を提示しています。もちろん、この立場で答案を作成することは可能なのですが、この自説を読み手に納得させるように、以下で論証しなければなりません。
先に述べましたが、課題文の第一段落では、対立する両者が歴史主義を主張した場合に、問題が解決せずこじれてしまうことを説明する文章が書かれていますので、課題文の筆者が主張するように、「法的真実を追究することで実現される政治的正義」を利用して国際問題を解決しようとする方法に問題があることを指摘するだけでは論証としては不十分です。つまり、課題文の筆者の主張に同意しないのであれば、課題文の筆者以上に優れた(あるいはまだマシな)問題解決方法があることを小論文で指摘する必要があるのです。
c 何が追求されるでしょうか。仮にこの部分に「歴史的真実が追求される」と書いてあれば、論証は不十分ですが、設問の要求に形式的には従っていたことになり、WIEの基準でもギリギリ合格圏に入っていました。惜しいところです。
d 何が「根本」か明示されていないので、無内容の記述です。また、筆者の主張を実現する上で数々の障害があるとしても、他に解決方法が提示できないのであれば、障害を乗り越える努力をするべきとする結論に至ることも可能ですから、現在の答案の記述は、課題文の筆者に対する反対意見としては説得力の弱いものとなってしまっています。
※ 課題文では、国際間の軋轢の解決法として、二つの考えを提示しています。
①法的真実を追究することで実現される政治的正義
②歴史的真実を学問的に追究する歴史主義
課題文の筆者は、①の考え方を支持し、②の考えは問題をこじらせるだけであると主張しています。これを踏まえて論じるには、国際間の軋轢の解決法としてどのような方法が適切なのか、①及び②の考え方に対する賛否を示す必要があります。①と②の両方に賛成することは難しいので、答案作成方針は次の三つのうちどれかになるでしょう。
Ⅰ①に賛成し、②に反対する(筆者に同意)
Ⅱ①に反対し、②に賛成する
Ⅲ①②ともに反対し、他の国際間の軋轢解決法を提示
いずれにしても、国際間に軋轢を生じている問題を事例として提示し、それを解決するには、小論文解答者の提示する国際間の軋轢解決法が優れていることを説明することになるでしょう。なお、他の方針もないことはないのですが、K様が混乱する可能性があるので、ここでは提示しません。
────────────────────────────────────────
上記コメントを参考にして答案を修正し、再提出して下さい。
【通信欄について】
大学側は、大学生や専門家でなければ知らないような、国際情勢の高度な専門知識があることを受験生に求めているわけではありません。高等学校の教科書に出てくる程度の知識があれば十分に解答可能です。ただし、用意された課題文に登場する重要概念(「法」「政治」「歴史」)の意味を正確に理解し、それを利用して分析する必要があります。大学側は小論文で、受験生の専門的な知識の有無を試しているのではなく、与えられた概念装置を正しく利用して現実の問題を分析できるかどうか(=思考力)を試しているのです。
もちろん、思考力を活かすには、それ以前に「設問文と課題文の正確な理解(=読解力)」が必要になるのですが、K様は、この点では大きな問題はないと思います。
知識を手っ取り早く手に入れるには、公民科の教科書や、資料集を読むようにするのがいいと思います(時間に余裕があれば「世界史」も勉強して欲しいところです)。新書等を読む方法もあるのですが、息抜きに読むならまだしも、時間のない受験生が新書を読み漁るのは、他の科目を勉強する時間を奪ってしまうのであまり優れた方法ではないと思います。
西早稲田教育研究所
受験小論文講座担当
中島 泰平