WIE小論文公開講座-第3回:よく出る出題例-

この「公開講座」は、以前「入門小論文」として開講していたものです。小論文入試に取り組むみなさんのために、テキストのみをサイト上で公開することにしました。

コンセプト

※現在の「入門小論文」は、内容を改めて開講中です。
受講を希望される方は、こちらの『基礎力養成講座-入門小論文』よりお申し込みください。

 ここからは、推薦入試の出題例から、出題例の多い典型的なものを、タイプ別に収録してあります。また、各問題ごとに、よく出題される学部や学科も書いておきました。
  学部・学科の分類は、医歯薬系、福祉・看護系、理工系、人文系、教育系(保育なども含む)、政治・経済系の6つです。また、特にどの学部・学科でも出題されているものについては、全学部共通としてあります。
  ただし、最近の傾向として、たとえば介護・看護や医療倫理のジャンルの問題が、医歯薬系や福祉系以外の学部・学科でも出題される、といった、学部や学科の専門とは直接関係しないようなテーマが出されることが増えています。

「入門小論文」現行版の添削は、こちらからお申し込み下さい。


1.受験生の個人的な体験や感想・意見をもとめるもの

1) 課題文のないもの



次の課題にしたがって解答しなさい。解答は,句読点も1字分として,600字以内にまとめること。
設問 健康について次の観点を含めて自分の考えを述べなさい。(健康的な生活習慣健康の成立条件と健康課題)
(北海道薬科大学 薬学部 60分  医歯薬系、福祉・看護系)



「子供と父親」というテーマで、小論文を書きなさい。

(郡山女子大学短期大学部 保育科 60分・800字 教育系)



思春期(15歳から18,9歳頃までの時期)をテーマに、自由に論じなさい。

(関東学院女子短期大学 国文科 60分・800字 全学部共通)


2) 課題文のあるもの



問 次の文を読み、あなたの考えを400字以内で述べなさい。

  一般に、先進国はしつけの能力が低下しているといわれています。そのために子どもの非行や学級崩壊、あるいは子どもの犯罪が増えているという結果にもなっています。これはアメリカなどでも同じです。また、児童虐待が日本でもきわめて増えつつあることなどを考えても、母親のしつけの能力が低くなっていることは容易に想像がつきます。(中略)
  日本は戦争体験を経たと同時に、戦後の貧しさを嫌というほど味わいました。その頃に結婚した世代、この「第一世代」は現在五十代となった私の父母に相当します。(中略)
  第二世代は私のような昭和二十年代生まれ、あるいは団塊の世代です。この第二世代が親になると、ようやく子ども、つまり「第三世代」に物をたくさん与えることができるようになりました。時代は高度成長に向かいつつあり、食べ物や衣服に事欠くことはなかったからです。
  戦後ずっと、私たち第二世代は、物がないという貧しさを嫌というほど味わってきました。それだけに、ようやく物の不足から解放された喜びは相当なもので、その喜びを一拳に表すかのように、第三世代に対してさまざまなオモチャや服、食べ物を浴びるように与えたのです。それによって、第二世代の両親自身が「自分は子どもに思う存分の喜びを与えることができるほど裕福になった」ことを実感し、大きな喜びとしたわけです。しかし、なんでも与えたということが、実は後に子どもたちの欲望のコントロールを失わせることになるとは、彼らも気づきませんでした。
  したがって、日本人の感情の抑制力が低下した、共感性が低下した、対人関係の能力が低下したというのは、この第三世代あたりからのことです。小さいときになんでも与えられ、少子化の波が押し寄せてきて子どもに多大な教育投資が行われるようになり、子どものわがままさが顕著になっていきました。
  第二世代の親が第三世代に与えた物質的な豊かさというものは、自分がどんなに望んでも得られなかったものです。自分が望んでも手にできなかった反動として、子どもにつぎ込むのですから、どうしても冷静さや良識に欠けた、ただ与えるだけ、ただわがままを許すだけの家庭教育に傾きがちになります。そこには当然、しつけという要素が欠けています。
  しかし、本来、親の役目とは「愛情を与えるだけのもの」ではありません。愛情を与えるとともにしつけもしっかりと与え、そのバランスによって社会に出ていくことができる子どもに育てるというのが本来の姿のはずです。第二世代には、残念ながら、こうした冷静な判断能力が欠如した親が多かったわけです。
  今や第三世代は青年の段階に入っていますが、こうした第二世代のしつけの結果、彼らの多くは対人関係の能力も低く、感情のコントロールの能力も低く、共感性も低いという特徴が顕著に見られるようになり、さまざまな問題がふりかかってきています。はたして第四世代でこの反省が行われるのか、親と子が妥当な愛情関係に戻るのかどうかが今後注目されます。
  かくて日本は、敗戦をきっかけとした大きな家庭教育の変貌というものが子どものわがままさを生み出し、さらには家庭内暴力や不登校、引きこもりといった問題、青少年犯罪の増加・凶悪化とも結びついていると考えることができます。

町沢静夫著「心の壊れた子どもたち」より
(杏林大学 保健学部 60分  全学部共通)



[問題] 次の文章を読んで「私にとって個性的な生き方とは何か」について、600字以上800字以内で論述しなさい。

  人はだれでも、自分が他の人々と同じで何の変わりもない人間であるとして、他の人々とともに、十把一からげに取り扱われたり、またその他大勢の人々のなかに埋没させられたりすることを喜ばない。自分は他の人々とはちがった一個の人間、ひとかどの人間であると認められることを望んでいる。そしてこの世の中に、他人とはちがった自分自身の生きたしるし、つまりアイデンティティをしめし、後に残そうと考える。そこで、たとえどんなに小さくとも、自分だけにしかできない、また自分にしか授けられていない特別な才能や資質を生かし、それを伸ばすことによって、はじめて自分のアイデンティティを実現しようとする。
  自分は頭がよくないと考えたり、自分の頭はどうしてこんなに悪いのだろうと嘆く人もいるだろう。かつては私自身がそうであった。しかし、現在では、その考え方は間違っていると思うようになった。天から、神から、造物主からいただいたものとすれば、だれの頭も悪いなどということはけっしてないはずである。また、一歩高い立場に立ってみれば、世の人すべてがオール5の成績をとる必要はない。もしすべての人がオール5という成績をとれば、世の中はまったく平凡で退屈なものとなるであろう。実際、すべての人がオール5でなくて、成績に差が見られるのは、だれにも得手不得手があり、一人一人の才能や性格に差があるということになる。
  「神は公平なり」といわれている。もし一人一人のもっている才能や性格や容貌・体格などの精神的肉体的諸条件のすべてを採点して合計すれば、みんな同点となる。たとえていえば、みんな百点なのである。他方、「天は二物を与えず」といわれるように、人には一長一短があって、数学が不得意であっても、語学が得意であるとか、文学に向いているとか、またいわゆる勉強が苦手であっても音楽とか絵画に得意なものがあるかもしれないし、スポーツなど肉体運動のなかに特別な技能を発揮できるものがあるかもしれない。大切なことは、自分にはかならず何か特別な能力が与えられていると信じて、それに出会うまで、または、それを見出すまで忍耐に忍耐を重ねて、それを発掘し、それが見つかれば、ひたすらそれを伸ばしていくという努力を惜しまないことである。
  自分に与えられた特別な才能や技術に目覚めたとき、他の人々に感じていた劣等感はなくなる。私たちの生きる目標は、授かった特別な資質や才能を発掘し、それを磨きあげ、それぞれオリジナルな独自の人間となることである。この生き方にこそ、人は生きがいを感じて幸福となれるのであり、自信をもって堂々と自分の道を歩むことができるのである。

高木貞敬『脳を育てる』より

(関西福祉経済大 社会福祉学部 70分  全学部共通)



 次の文章は、ボランティアの状況について西欧と日本を比べたものですが、参照の上、今日求められるボランティアとはどのような人間像をいうのか、あなたの意見を述べなさい。
(別紙に600字以内で書きなさい)

  一九五七年頃であっただろうか。マリアンヌという女の子をめぐる事件が起こった。両親を失ったスウェーデンとアメリカの混血児を、生まれた日本の児童福祉施設で育てるか、スウェーデンで養育するかで争い、合意に達せず、裁判にもちこまれた。
  裁判に出廷したスウェーデンの領事は、次のように述べた。「スウェーデンには、一人の孤児に対して、養育を希望する里親が一〇〇人います─」と。そして、マリアンヌちゃんは、スウェーデンに引き取られていった。
  孤児は児童福祉施設で育てられるものと先入観をもっていた私にとって、この証言はショックであったが、同時に新鮮な響きをもっていたのを思い起こす。
  ところが、今日のスウェーデンには、ボランティアはあまり多くないという。どういうことなのであろうか。ボランティア実践者が国民の7%位といわれる日本と同じなのであろうか。たしかに、スウエーデンと日本とでは、両国ともボランティアの数が少ないことでは共通しているようである。しかし、その意味は同じではなく、大きな隔りがあるといわなければならない。
  スウェーデンでは、老人や障害者でも街を歩けるように環境が改善されていること、ボランティア活動が日常化されていること、そして、いざという時には手を貸す潜在ボランティアが多いことなどが考えられる。すなわち、ボランティアがいないのではなく、ボランティアが珍しくないのであろう。みんながボランティアの精神をもち、ボランティア活動が日常化されている杜会では、「ボランティア」が特別視されることはないのである。
  ところが、わが国では、まだボランティアというと奇特な奉仕をする特別な人間像というイメージがある。ボランティアが少ない社会では、要するに、ボランティアが目立つということにほかならない。だから、ボランティアの数が少ないという点では共通でも、スウェーデンと日本とでは、ボランティアをめぐる状況と問題は異なっている。
       ─ 中   略 ─
  わが国にも、社会福祉の独自な歴史がある。戦前の社会にも、もちろんある意味で温かい助けあいはあったし、慈善事業・社会事業もなされていた。しかし、そこには、与える者と与えられる者の区別があり、両者は決して対等ではなかった。ボランティア活動もなかったわけではないが、ごく一部の杜会福祉施設、セツルメントやYMCA、YWCAのような青少年活動という狭い分野に限られていた。
  ボランティア活動が注目され、活発になってきたのは、戦後のことであり、それも、一九七〇年以降であるといってよい。

全国社会福祉協議会・全国ボランティア活動振興センター編
『ボランティア活動ハンドブック』全国社会福祉協議会より
(吉備国際大 社会福祉学部(推薦A) 60分  全学部共通)


2.自分の考えを客観的な根拠をあげながら述べるもの

  1) 課題文のないもの



テレビや新聞などのマスコミやインターネット等の情報メディアの果たしている役割及び問題点について論じなさい。

(山形県立米沢女子短期大学 社会情報学科 90分・800字全学部共通)



「グローバルスタンダード」とはなにか、それについての具体的事例を挙げて説明し、自由に論じなさい。

(筑波大学 第1学群-社会学類 90分・800字政治・経済系)



  20世紀の世界は「競争と対立」を軸とした世紀だったが,21世紀は「共生と調和」を軸とした世紀になるという考え方がある。あなたはどのように考えるかについて、述べよ。国際政治,世界経済,生態系と人間の生活など,どんな分野の問題でも構わない。

(大分大学 経済学部 経済学科 90分・800字  全学部共通)


 2) 課題文のあるもの



次の文を読んで,問いに答えなさい。
  3級の免状で登録ヘルパーをしています。3級は主に家事介護の資格です。登録ヘルパーとは時間給で実働分だけの俸給を得るパートを意味します。すなわち,老人介護福祉の機構の中で,最も下層の位置にあるヘルパーのことです。地図を渡され,それをたよりに自分の車で自宅から介護者の家に直行し,仕事が済めば自宅に帰る。
  私が所属しているのは地方自治体の社会福祉協議会(杜協)です。1カ所につき100円のガソリン代がつき,1時間940円という条件です。片道30分を想定して動いています。買い物の依頼も多いので,時給の940円が,実質いか程になりましょうか。移動中の時間は,賃金には考慮されません。
  家事介護とは,家内の清掃全般,洗濯,買い物,調理,寝具の清潔保持が主体ですが,人によっては徹底的な清掃を要求される方があります。雑巾がけからガラス磨き,はては敷居と襖の間に入った綿ぼこりを楊枝でかき出すといった風です。介護の本来の目的である,暮らしを支えるという趣旨が通用しないこともあります。
  また,衣類が散乱し,新聞やペットボトル,缶類が重なり合い足の踏み場もない,人の当たり前の暮らしになってない人もあります。水洗でないトイレで,汚物が一面にこびりついているのには,息をのむ思いがいたします。寒中,老朽化した家で,湯沸かし器もない台所での水仕事は耐え難いものがあります。靴下を2枚はき,カイロを背中に入れても凍えます。
  これが現実ですから,登録ヘルパーになり手がないのです。社協の人手不足は深刻です。
  私がお世話している方の中に,4月からの介護保険を不安がっていた方があったので,あるNPO(非営利組織)の介護会杜の説明会に行ってきました。
  パートのヘルパーを2000名集める予定だそうで,時給は無資格者(この方々をどうするのか)が800円,3級850円,2級が900円。交通費はゼロ。制服はヘルパーの買い取り。個人任意労災保険と身分証明書代金は,年間2000円。30人ほど集まった人たちは,私を除いて皆支払ったようです。
  働くには会社のコンピューターと連動した子機を,月に4000円で借り受けて仕事の実績の記録に使う。仕事が与えられたとしても,実質いくらの報酬となるか。こんな会社がNPOであり,県知事の認可を受けている。介護保険で支払われる保険料のうち,実際に働く人にはいくらも回ってこないのです。
  正社員のヘルパーは不要で,24時間態勢を敷くために,セキュリティー会社と契約したとのこと。介護される人のことなど抜け落ちています。身体介護はおむつの交換や体の湯洗いなどがあり,体そのものに触れるのです。介護を必要とする方のことを熟知した,正社員のヘルパーは絶対に必要です。
  NPOの名の下に老人とヘルパーを食い物にされたのではたまりません。ハイエナのように介護保険に群がるような会社ばかりができたのでは困ります。ヘルパーの質の高さを維持することが,この業種では第一条件です。それなしには,介護制度そのものが破綻する危険があります。
  現場で働くことは人の出会いと信頼なのです。時には通帳と印鑑を預かり,金銭の用事もいたします。冷蔵庫の中を覗き買い物を見繕う。タンスの中まで手を出して,不要なものを捨てなどもするのです。
  だからこそ,足の踏み場もない住まいが,人の暮らしの場らしく整っていくのは,共にうれしいのです。調理をして帰り,後日,おいしかったと言って頂いたら心が弾みます。どの方にも人生の過ぎ来し方があります。ご縁があった方々は,どなたもいとおしいのです。
  私は,今,人を支えることの意味を理屈でなく,体で分かりました。それで,身の内から元気があふれてくる。人は人によってのみ支え合うことが出来るのです。

(高岩美津枝『朝日新聞』論壇)

問 この文は筆者が自らの体験をもとにして,新聞に投稿したものである。筆者は介護会社に対してどのような問題を提起しているのかをまとめ,それについてあなたの意見を述べなさい。(450字前後)
(岐阜経済大 経済・経営学部 60分  福祉・看護系、政治・経済系)



課題Ⅰ
  次の文章は、先天性四肢切断という障害を持つ著者が、障害者に対する理解・配慮について述べたものである。このことを踏まえて、保健・福祉の専門職としての必要な基本的態度とは何かを、述べよ。
(別紙に六〇〇字以内で書きなさい。)

  障害者を苦しめている物理的な壁を取り除くには、何が必要なのだろうか。ボクは、心の壁を取り除くことが、何より大切だと感じる。乗り物や建物などのハードと呼ばれる部分を創り上げるのは、我々人間だ。その創り手である我々が、どれだけ障害者・高齢者に対しての理解や配慮を持てるかで、ハードのバリアフリー化は、いくらでも進むだろう。
  では、障害者に対する理解・配慮はどこから生まれてくるのだろうか。ボクは、「慣れ」という部分に注目している。
  駅で障害者が困っている姿を見かけた。しかし、どのように声を掛けたらいいのか分からずに、結局、その場をやり過ごしてしまった。みなさんにも、そんな経験がないだろうか。それは、「慣れ」の問題によるためらいに他ならない。
  そして、ここで多くの人は、「ああ、どうして自分は声を掛けなかったんだろう」と自己嫌悪に陥る。だが、ボクはそこで自分を責める必要はないと思う。ふだん、街を歩いていて障害者を見かける機会は、まだまだ少ない。ふだん、あまり接していない人々に対して適切な対応をしろと言われてもむずかしいものだ。
  これは、障害者に限っての話ではない。例えば、自分の家の隣に外国人が引っ越してきたとする。やはり、最初は驚き、戸惑ってしまうだろう。しかし、数週間が経ち、彼らの文化や生活習慣に対する「謎」が解き明かされていくうちに、「どこどこの国から来た○○さん」ではなく、「ご近所のうちのひとりの○○さん」と考えられるようになるはずだ。
  この例からも分かるように、障害者や外国人といったマイノリティ(少数者)への理解については、「慣れ」という問題が大きな比重を占めていることがよく分かる。しかし、先にも述べたように、街を歩いていて障害者を見かける機会は、まだまだ少ない。そういった人々に慣れるというのは、ほぼ不可能に近いだろう。そこで、鍵を握っているのは、子どもの頃の環境ではないかと思う。

乙武洋匡「五体不満足」より(ルビ省略)
(九州保健福祉大学 保健科学部 60分 医歯薬系、福祉・看護系、教育系)



 以下の文章を読んで、薬学を目指すあなたは、「耐性菌」問題に対してどのような解決策をとるかを800字以内で述べなさい。

●抗生物質の生みの親、フレミングの予言
  人類を感染症の恐怖から救った魔法の薬、抗生物質。細菌という生物を殺すために、カビなど別の微生物から作られる薬を使うという、この画期的な発見は、20世紀のみならず人類史の中で燦然と輝く偉業です。この抗生物質がなかったら、体内に入り込んだ強力な細菌に、私たちはすぐ侵されてしまうでしょう。また、臓器移植に代表されるような現代の高度な医療はまったく不可能になってしまいます。
  最初の抗生物質ペニシリンを発見したアレキサンダー・フレミングは1945年、ノーベル生理学・医学賞を授与されました。しかし、この授与式やその前後に撮影された彼の映像を見ると、不思議なことに気づきます。どれ一つとしてフレミングの笑顔を見ることができないのです。
  このスコットランド生まれの細菌学者は、いつも苦虫を噛みつぶしたような難しい顔をしています。彼は、抗生物質を「奇跡の薬」「万能薬」と礼賛する新聞記者のインタビューに対し、こう答えています。

「ペニシリンにも欠点があります。それは耐性菌の問題です。ペニシリンは決して万能の薬ではないのです。誤った使い方をしていると将来大きな失望をすることになるでしょう」

  地球に生命が生まれておよそ40億年。その最初の頃から、細菌は激しい生存競争にうち勝って、現代まで生き残ってきました。別の微生物から作られた抗生物質の攻撃に対し身を守る術は、すでにあらかた遺伝子の中に組み込まれています。そして、「新参者」の人間が新たな攻撃をおこなったとしても、突然変異などを起こすことによって、すぐに「耐性」を獲得してしまうのです。
  この耐性菌の恐ろしさは、抗生物質の生みの親であるフレミング自身が一番よく知っていました。研究室で細菌にペニシリンを与え続けていると、はじめは細菌を殺せていたのが、そのうち効かなくなることが実験で証明されていたのです。
  第二次世界大戦が終わり、それまで戦場の兵士に対し優先的に使われていたペニシリンが、一般の病院でも使われるようになりました。抗生物質の大量使用時代の到来です。フレミングの警告は現実のものとなります。ノーベル賞受賞の翌年、1946年には、ペニシリンの効かない耐性菌の割合は、黄色ブドウ球菌全体の14%にまで増えていました。
  フレミングは1955年、73歳でこの世を去るまで、抗生物質の正しい使用を訴え続けました。しかし、製薬メーカーや医師、そして患者たちは、その警告に耳を傾けようとはしませんでした。

出典:NHKスペシャル「世紀を越えて」宮本英樹:細菌の逆襲が始まった、河出書 房新社、2000年.

(熊本大学 薬学部 60分 医歯薬系、理工系)


3.特殊な形式のもの

  1)使用する語句や論点に指定のあるもの



問題
  下記の論点に対するあなたの考えをまとめて「家庭・学校・地域社会における少年の生活環境」というテーマで、800字から1000字の範囲内で論文を作成しなさい。
  必要であれば,次の頁のグラフを参考にすること。

論点1 こんにち,少年による凶悪事件が多発し非行が深刻であるといわれています。この問題に対して家庭はどのように対応すべきだと思いますか。
論点2 こんにち,学校におけるいじめが深刻であるといわれています。この問題に対して,あなたはどのようにとらえていますか。
論点3 こんにち,地域社会における人間関係の崩壊が指摘されています。少年は,どのように地域社会に関わるべきだと思いますか。
論点4 こんにち,少年の成長に悪影響を与える「有害環境」が問題とされています。これにつき,あなたの考えを示しなさい。

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(拓殖大学 政経学部 90分  人文系、教育系、政治・経済系)



  現在の日本では,多選を禁じたり制限したりする法律はない。日本の自治体の首長について,連続三期を越える多選を禁止する法律を作るべきだという提案が行われたとして,
問1.支持する立場から,その論拠と予想される反論をまとめよ。〔400字〕
問2.反対する立場から,その論拠と予想される反論をまとめよ。〔400字〕
問3.あなたはどのような立場をとるか。〔400字〕

(國學院大学 法学部 120分 400字×3題政治・経済系)


2) 課題文が英語のもの



問題 次の英文は子どもたちに「死」についてどう教えるかについて議論している文章である。これを読んで以下の問いに日本語で答えなさい。

(前略)
  In this approach death topics are discussed in many areas such as history, social studies,health sciences, family planning, biology, earth sciences, literature, and art. For instance, in art class the teacher might encourage students to choose subjects for painting projects such as grief, suffering, and death. In art appreciation the teacher can point to some of the famous art works created through the centuries that treat death. After all, many artists have chosen this fundamental experience as a theme for their work and millions of people have been enriched by seeing such creations. (中略1)
  Obvious subjects for incorporating death-related information and discussion and concern are health sciences and health education. The threat of death can be a powerful motivator for adopting healthy habits of eating, sleeping, exercising, and personal hygiene and for avoiding activities, no matter how tempting that threaten health and life. It can also be the place for discussing problems that concern the health of the globe as Dan Leviton suggests (1991). Here or in the study of the earth sciences students can learn how industrialization and unchecked population growth are causing the slow but steady deterioration of the earth such as the destruction of rain forests, pollution of air, land, and water, and the depletion of the ozone layer. They can also learn that means and measures to halt this process are available.
  A natural topic for the life sciences would be to study not only the life cycle of plants and small animals such as the butterfly, but that of humans as well, from conception, birth, growth, and maturity, to old age and death. (中略2)
  At the elementary level teachers can fit death-related topics in their teaching even more easily. Because they have more time with the students, they have a wider range of possibilities and options. In the study of the community, for example, younger students often are taken on field trips to city hall, the fire station, hospital, supermarket, the museum. They could also visit the cemetery and the funeral home in this context. The possibilities are numerous. Thoughtful teachers who are comfortable with the subject, and have basic knowledge about it, find ways to incorporate it naturally into their teaching.
  There are several advantages of long-term preparatory death education. For one thing, the topic is embedded in a larger context rather than separated from it, and thus less likely to be distorted. Then, too, the long-term approach is a developmental approach in which the child learns death-related matters in ways that are appropriate to his or her developmental level, learns it from different perspectives, in small doses at a time. Because it is foresighted rather than reactive, the preparatory approach is likely to be more low-keyed and less stressful and emotionally taxing. Because of these factors, this approach may be more acceptable to parents and school officials.
      (後略)
(Inge B. Corless / Barbara B. Germino / Mariy A. Pittman編; A Challenge for Living - Dying, Death, and Bereavement, 1995, Jones and Bartlett Publishers より引用)

cognitive:認識(認知)的 hygiene:衛生 deterioration:悪化 embed:埋める
distorted :ゆがめられた perspectives:見方、考え方 low-keyed:控えめな

問1 長い期間を使って子どもたちに死について教えることの利点について筆者はどのように述べているか。簡潔にまとめなさい。
問2 下線部を和訳しなさい。
問3 中略1の部分では、文学から死を学ぶことについて書いてある。自分ならどの文学作品を題材にしてどう子どもたちに教えるかを述べなさい。(300字以内)
問4 本文にはearth sciencesから死について学ぶことについても書いてある。環境(生態系)破壊から死につながる事例を述べよ。またあなたはその状況に対してどのように行動できるかを記述しなさい。(400字以内)

(國學院大学 法学部 120分 400字×3題政治・経済系)



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