この論文試験は、制限時間が3時間(→入試要項で確認のこと)と、大学入試としては非常に長時間の過酷な試験となっています。集中力が持続できる時間は、通常60分~90分とされているので、バテて放り出したくなる衝動を我慢して、与えられた設問と格闘し続ける「知的体力」が求められることとなります。
集中力が切れた後に、ある程度「放心状態」あるいは、「中だるみ」の時間が必要になってしまうのは致し方ないものの、そこから短時間で気合いを入れ直して、再び与えられた設問と格闘するように努めてください。
●先の説明と矛盾するようですが、過去問演習の初期段階では、試験問題の難易度把握のために、時間をあまり気にせずにとことんまで考えるようにしてみてください。その中で、本番の制限時間では、どの程度まで深く思考して答案を作成することが現実的か、解答者御自身で決めていくように努めてください。なお、過去問演習の初期段階で制限時間を気にしすぎると、深く考えることを拒否する癖がついてしまうので、好ましくありません。深く考える訓練を通じて、試験問題の難易度をある程度以上に把握できるようになった後で、制限時間内に答案をまとめる作戦を練るようにしてください。
添削では、解答者が深く考える訓練を補助するために、出題意図と、提出していただいた答案の問題点を、説明して参ります。最終的な試験本番での答案作成方針、つまりどの程度まで深く考えて答案に反映させるか、また、どの程度以上の難しさは、制限時間の関係から、答案に反映するのをあきらめるか、といったことは、解答者御自身で決断していただく他ありません。
この点をご了承の上で、弊社WIEの添削を活用ください。
●京都大学側は、学力の高い受験者集団の中から、合格者を厳選しなければならないので、大学受験生には相当酷、あるいは無理難題とも思える試験問題を用意して、待ち構えています。私が受験生だったころの学力では、試験問題と格闘する気力が喪失するレベルの出題です。
そうした中で、解答者は、はじめての過去問演習としては、大健闘されたと申せます。特に、英文読解が前提となる問題Ⅰについては、非常に優れた出来映えです。これだけ、英文の課題文を正確に読めるのであれば、大学進学以降に、勉強や研究をするのに必要な情報を英文から集めるのに、大きな苦労をすることはないでしょう。
一方で、自然科学的思考力が試される問題Ⅱは、正解に至っていない解答が散見されました。ただし、そもそもの出題が、大学受験生には相当酷、あるいは無理難題とも思える難易度なので、解答者がここまでの水準の答案を作成したことは、上出来と言えるかも知れません。
先に申したように、京都大学側は、学力の高い受験者集団の中から、合格者を厳選しなければならないので、受験者間で点差が開きやすいように、作問をします。従って、受験者が満点近くの答案を取ることを、そもそも想定しておらず、通常は、6割程度得点できれば、合格者に分類される程度の難易度となるように、設問を設計します。結果的に合格する受験生を含めて、試験問題に相当苦戦すると感じるのは、むしろ当然なのです。
こうした状況下にあることを踏まえて、同じ枠を争う他の受験生との競争に勝つべく、一点でも多く点数を取る努力をしていただきたいと存じます。
●以下では、設問ごとに検討します。
■ 答案に書き入れました赤字が改善すべき点です。abc……の記号に対応するコメントは下段に記入してありますので御参照ください。記号のない箇所については、単純な誤記や分量調節のためのものです。
問題Ⅰ
(解答本文は省略)
(添削コメント)
課題文では、自然科学の文献を統計的に分析して、研究動向を調査しています。
問1
課題文の内容を踏まえて、説明することが求められています。ここまで説明できれば、十分でしょう。合格答案です。内容そのものは、申し分ないので、以下では、修辞(=文章表現)の問題のみ指摘します。
a 段落冒頭に、一マス分のスペースを設けてください。長文を書く際のルールです。
問2
同様に、課題文の内容を踏まえて、説明することが求められています。ここまで説明できれば、十分でしょう。合格答案です。
a 段落冒頭に、一マス分のスペースを設けてください。長文を書く際のルールです。
問3
妥当な解釈でしょう。解答者自身が理解できているだけでなく、読み手にわかりやすく説明することに成功しています。文句なしの合格答案です。
a 段落冒頭に、一マス分のスペースを設けてください。長文を書く際のルールです。
問4
課題文を踏まえて、解答者の見解を述べることが要求されています。課題文の内容をどのように踏まえたか、書き忘れてしまう受験生が多い中で、解答者は、課題文の内容をどのように踏まえたかを明示しており、丁寧に議論しています。この点は、大変素晴らしいと申せます。解答者の提案も妥当な範囲であり、文句なしの合格答案です。
a 段落冒頭に、一マス分のスペースを設けてください。長文を書く際のルールです。
b 段落を改める際の原則は、あくまでも「書き込んだ内容」=「書く前に頭の中で整理した視点や問い」が変わる箇所で入れる、と心得てください。無意味に改段するのは、読み手が文の論理を把握するのを妨げ、文の評価を下げますので有害です。また文脈が大きく転換しているにもかかわらず、段を改めないのは、同様に有害です。
★一段落の適切な長さがどの程度かは、論者により考え方が異なりますが、150~250程度とするのが、お勧めです。
問題Ⅱ
(解答本文は省略)
(添削コメント)
同種の実験に取り組んだことがないであろう受験生に、短時間で今回の実験の趣旨を理解するように求めるのは、相当に酷です。さらに言えば、実験の趣旨を理解できたとしても、答案作成には。非常に高度な自然科学的思考力が要求されます。
私は理系の大学院を修了しています。大学院を修了した者の一部は、製薬会社に就職するような学部学類です。そうした私でも、短時間でこの難易度の問題を全問正解する自信は、正直ありません。出身が農学系なので、薬学系ほどに有機化学を詳しく勉強したわけではないのですが、今回扱われているものは、非常に高度な、大学院入試レベルの思考力を要求される出題に思えます。
受験生が答案作成に臨む姿勢としては、そもそも満点を取ることが期待されていないことを踏まえて、次のようにするべきでしょう。
(ⅰ)比較的易しい問題を見つけて、確実に解く。
(ⅱ)難問も白紙での提出を避け、救済措置狙いで、必ず何か書く。
提出していただいたものは、白紙で提出した問題がなく、大変素晴らしいと申せます。確かに、誤答も含まれるものの、この難易度であれば、誤答であっても、救済措置が発動して、部分点をもらえる可能性が濃厚です。
問1
(1)
ATP類似化合物と、ATPの構造の違いに注目して、解答すると良いでしょう。妥当な説明であり、正解です。
a 段落冒頭に、一マス分のスペースを設けてください。長文を書く際のルールです。
(2)
ATP類似化合物1~3と、ATP類似化合物4~12の構造の違いに注目して、解答すると良いでしょう。妥当な説明であり、正解です。
a 段落冒頭に、一マス分のスペースを設けてください。長文を書く際のルールです。
問2
図5をザックリとみると、キナーゼXと改変体Aは、ATP類似化合物1~12に対して、似たような低い阻害率を示します。一方で、改変体Bは、ATP類似化合物1~12に対して、高い阻害率を示します。
ATP類似化合物は、すべてATPより分子量が大きいので、ATPがはまる鍵穴の部分の大きさを比較すると、キナーゼXと改変体Aが同程度の大きさで、改変体Bがそれより大きい鍵穴で、ATP類似化合物がはまりやすい程度の大きさあることがわかります。
なお、ATPの阻害率に関してのみは、改変体Bは、改変体Aより低い値になっています。これは、鍵穴が大きすぎるとはずれやすいからか、あるいは、ATPとの結合部の分子の電荷の偏り(極性)が、キナーゼXと改変体Aが同程度で、改変体Bがこれとは、大きく異なる結合部の分子の電荷の偏り(極性)になっているからでしょう。
A 図5の分析が甘いことが原因で、正しい推論をしていません。なお、実際の試験であれば、救済措置で部分点を与えられる可能性が濃厚です。
問3
実験1で、ATP類似化合物4~12を用いると、図3に示されているように、リン酸化タンパク質がほとんど検出されません。このことは、リン酸化タンパク質の合成の補因子として、ATP類似化合物4~12は、機能しないことを意味します。これに対して、ATP類似化合物1~3は、溶液に加えることで、リン酸化タンパク質の合成量が増えます。さらに、ATP類似化合物の一部をチオリン酸基に置換すれば、チオリン酸化タンパク質が合成されることになります。以上より、実験3で、チオリン酸化タンパク質を後ほど抽出して分離したいのであれば、ATP類似化合物1~3を使う他ないことになります。
次に、実験2では、阻害率が高いほど親和性が高いので、図5のATP類似化合物1~3のデータを用います。阻害率がもっとも高いのは、ATP類似化合物2と改変体Bの組み合わせです。この組み合わせが、最もチオリン酸化タンパク質の合成量が多いことになります。以上より、最適な組み合わせは、ATP類似化合物2と改変体Bの組み合わせということになります。
B 誤答としましたが、改変体Bを選択し、その理由として妥当な説明をしていることから、実際の試験であれば、部分点を与えられる可能性が濃厚です。
問4
各画分に含まれるペプチドを説明することが求められています。実験の説明を丁寧に追えば、正解にたどりつくことができます。こうした、比較的易しめの問題で確実に得点することが重要です。提出していただいたものは、文句なしの合格答案です。
問5
C 実際の試験であれば、甘い採点基準が採用されて、正解扱いとなる可能性があります。ただし、こうした設問では、約束事として、実験担当者の不手際による失敗は、本質的な問題として扱いません。本質的な問題は、実験計画そのものが含む問題であり、実験担当者がどのような熟練者でも、うまくいかないことを意味します。
★ATP類似化合物2と改変体Bの組み合わせ実験をした場合に発生しうる問題として次のものが挙げられます。
(1)ATP類似化合物2のバンドと、ATPのバンドを比較すると、ATPは、満遍なくバンドがでています。このことから、ATP類似化合物2が関与できないタンパク質のリン酸化が存在することがわかります。
(2)ATP類似化合物2の一部をチオリン酸基に置換することで、少しですが分子構造が変化します。これが影響し、本来キナーゼXがリン酸化に関与していたタンパク質に、関与できなくなる可能性があります。
(3)キナーゼXと、改変体Bは、一部アミノ酸の置換があり、分子構造が異なります。これが影響し、本来キナーゼXがリン酸化に関与していたタンパク質に、改変体Bが関与できなくなる可能性があります。
他にも挙げられるかも知れませんが、本質的な問題として、以上のものを挙げることができます。リン酸化(あるいはチオリン酸化)されたタンパク質の合成量を増やすために行った分子構造の改変が、本来のキナーゼXが持つ、タンパク質の選択性を変えてしまう可能性があるわけです。
以上を踏まえて答案を修正してください。
再提出の答案を心よりお待ちしています。