添削例:筑波大学(社会・国際学群国際総合学類推薦:2015年)

 まず、事務的なご連絡ですが、筑波大国際総合学類は、例年大問が2つ出題されます。これは相互の独立性が高いので、添削は2つに分けて行うことがあります。もっともコメントが少ない場合には、1つに合わせることもあります。今回は特に初めての提出になりますので、2つに分けて添削いたします。
 また、このこととも関連しますが、提出答案には、小問も含めて問題番号・記号を記入してください。事務処理上の問題だけではなく、添削の際に出題との対応関係を確認するのに手間取りますと、最終的に返却が遅くなります。よろしくご協力ください。
 さて、過去問に挑戦された手応えはいかがでしたでしょうか。答案の構成に迷ったとのことですが、この対策については、具体的な添削の中で触れていきましょう。また、人名などの扱いについても、該当箇所で触れます。結論から申しますと、答案の構成に大きな問題はありません。
 また、設問の要求にも正しく対応しておいでです。設問の要求を無視した、いわば見当違いの答案が少なくないなか、この点は高く評価できます。その他、誤字脱字などの国語表現の内容もほとんどありません。昨年度めでたく合格された方が、初めて提出された答案と比べても、遜色はありません。
 しかし、いくつか初歩的なミスが見られます。いずれも単純なものばかりですが、それだけに意外と大きな減点になる可能性があります。では早速、ここからは設問ごとに詳しく見て参ります。

 答案に対するコメントは、小問ごとに解説の後にまとめてあります。abc……の記号は、答案のものと対応しています。なお、特にコメントのない修正は、単純な語句の誤りや、分量調整のためのものです。

設問(1)

(解答本文は省略)

(添削コメント)
 要約問題ですので、解答者の主張・見解はもちろん、課題文に対する独自の解釈などを書くと減点になります。今回の答案は、こうした基本に忠実です。また、課題文の重要概念(論点)を抽出し、その相互関係(論旨)を正確に再現する、という要約の原則も守っておいでです。英文の和訳も概ね正確ですから、初回提出からギリギリですが合格圏と申せます。
 ただ、ギリギリと申しましたのは、致命的ではないものの、細かい改善点があるからです。これを該当箇所に則して、見て参りましょう。なお、答案の構成についてご質問がありましたが、要約問題では基本的に要約対象と同じ叙述の順番になります。

A:冒頭でも申し上げましたが、問題番号・記号は必ず記入してください。また、大学によっては、原稿用紙や罫線の入った用紙が配られるだけで、問題番号を解答者に書かせます。このような場合、問題番号・記号を書きませんと、0点扱いとなりますので、注意してください。
a:文章の書き出しを含め、段落の冒頭は1字空けるのが原則です。答案用紙にマス目がなく、罫線だけの場合でも、この原則は同じです。 短い文の場合には迷うかもしれませんが、マス目のある原稿用紙に書く場合には、「語」ではなく文であれば、最初の1マスを空けるのが原則です。 
 なお、近年では携帯メールの普及で、限られた画面で、しかも受信側の機種や設定によって、段落位置がずれてしまうことが多くなっていますので、1字空けをせず改行だけにする表記法が増えています。そのため、特に解答が一段落に収まる場合には、冒頭の1字
空けをしなくてよい、という指導をする参考書や予備校があるようです。
 しかし、私の大学教員をしている友人達の話からは、1字空けをしていなくて減点になることはあっても、1字空けをして減点になることはないそうです。安全策のためにも、1字空けの原則を守ってください。
B:大きな減点にはなりませんが、厳密には誤訳です。unemployment beneaths(失業手当)が比較的高水準なので、low-wage job(低賃金の仕事)に就かない、と述べているのですから、「失業手当」も「賃金」と同じく「金銭的な問題」でしょう。
 ここは、「失業手当」「低賃金の仕事」などの概念を用いて、より課題文に忠実な記述にしてください。
C:ここは、制度やシステムの問題も含んでおり、人々の心理的な側面には限定していないと思います。
b:1文があまり長いと、概念の関係=論旨が読み取りにくくなります。私なら、ここで文を切ります。
D:誤訳とまでは申しませんが、日本語の表現としてやや不自然でしょう。
E:ここは、課題文の傍線部ですが、やや不正確な訳になっています。Delorsといった特定の個人なのか、一群のエコノミストなど複数の人々なのか、再検討してください。
F:ここは、課題文の下線部に相当しますね。ここもやや不正確になっています。原文に則して、少し丁寧に見ていきましょう。
 That is,「それは」「つまり」という、接続後ですね。これは大きな問題ではありません。注目して欲しいのは、下線部(it is simply not the case)が受けるthatがふたつあることです。
it is simply not the case that① the world's leading nations are to any impotant degree in economic competition with each other, or that② any of their major economic problems can be attributed to failures to compete on world markets.
 英文解釈ではないですから、細かい文法的な解説はしませんが、①というcaseでないし、あるいは②もまたcaseでない、という構文ですね。この①②が同格であることを、*の「や」で述べていますが、もう少し字数を使って良いので、明確にしてください。
c:現在の記述でも減点にはなりませんが、ほぼ同じ概念の関係をより短く書くことが可能です。
 小論文を書き慣れないうちは、課題文の内容把握であれ、解答者の見解であれ、書くことが見つからない=分量不足の問題が深刻です。しかし、小論文を書く力が向上してきますと、今度は「書きたいことの過剰」に悩まされることになります。
 この対策は、基本的には構想のメモの段階で、盛り込むべき重要概念の優先順位を考えることです。しかし、文章の技術として「短く書く」能力もありますと、取り上げている概念が豊富で、かつその関係付けが精密な文章が可能になります。いわゆる深い考察を示すことになりますね。
G:ここも、誤訳ではないのですが、日本語として分かり難くなっています。ここは、採点上大きな問題ではありませんので、ノーヒントで訳を再検討してください。
 以上のコメントを参考にして、手を入れたものを再提出をしてください。


設問(2)

(解答本文は省略)

(添削コメント)
 ここも(1)に続いて、設問の要求に沿って答案の構成がなされています。この点には問題がなく、むしろ高く評価できます。しかし、あと一歩ですが、合格圏とは申せません。
 その最大の理由は、課題文の内容把握に失敗していることです。詳しくは答案の該当箇所で述べますが、「下線部の筆者の意見」を正確に答案に反映しませんと、それに「対して」「賛成論」「反対論」を述べることはできません。
 議論の前提そのもの再検討が必要になりますので、全面的に書き直して頂くことになります。そのため、具体的な改善案ではなく、問題点の指摘と、考え方のヒントを示す箇所が多くなります。

A:(1)のAと同じです。問題番号を付してください。
B:細かい問題ですが、課題文全体に示された(筆者の)見解ではなく、あくまで下線部に対する議論を設問は要求しています。 受験テクニック的な指摘になりますが、設問文・課題文の重要概念はできるだけそのまま使用するのが、設問の要求に的確に応えるコツといえます。
C:この部分は、(1)のコメントFと関係します。
 少し先回りしますと、「下線部の筆者の意見」は次のようにまとめることができます。①world's leading nationsは、economic competition with each otherしていない。
②their major economic problemsはfailures to compete on world marketsに関与していない。.  設問の要求する「賛成論あるいは反対論」は、これに対するものでなくてはなりません。 なお、賛成・反対ということについて、補足しておきます。受験生の多くが誤解しているのですが、課題文に対して解答者の取りうる立場は、全面的に賛成・全面的に反対、という二つに限定されません。もっと多様な立場に立ちうるのです。
 例えば、多くの場合に課題文の考えが妥当するが、例外があり、その例外に対しては別の対応が必要だ、といった立場もありえるでしょう。また、課題文の考えはある特殊な場合にしか当てはまらないので、原則として別の対策をとるべきだ、といったこともあるでしょう。いわば6:4で賛成、7:3で反対、といった議論でもよいのです。
 今回の例で申しますと、①には反対(国家同士の競争はある)だが、②に賛成(競争での失敗は重要ではない)だ、といった立場もあるでしょう。
 さらに①②にそれぞれの中で、一定の条件では賛成(あるいは反対)だ、といった中間的な立場もあり得ます。このように考えますと、それこそ無限に多様な「賛成論あるいは反対論」があり得ることになりますね。
a:答案を拝見していますと、読点(、)が若干少ないようです。読点の使い方については、簡単なようでなかなか難しく、すぐに覚えられるようなものでありませんが、以下に簡単な用例を示しますので、参考にしていただければ幸いです。
①助詞の前には原則として入れない。
→新宿には、山手線、中央線、埼京線、が通っている。
②主部の直後に入れる。
→山本君は、畠山君、沢田君に次いで優秀な学生である。
  主 部
③述部を修飾する部分の、ブロックごとに入れる。ただし最後のブロックの後と、極度に短いブロックの後には入れない。
→むかしむかし、あるところに、おじいさんと、おばあさんが住んでいました。
   ブロック1  ブロック2  ブロック3  ブロック4  述 部
注意:例文は各ブロックが短すぎるので、本来ここまで読点を入れる必要はない。
④強調したい言葉の直後に入れる。
→大阪は、東京と並んで経済活動の中心となる都市である。(大阪を強調)
 →大阪は東京と並んで、経済活動の中心となる都市である。
(東京と大阪は拮抗していることを強調)
→大阪は東京と並んで経済活動の中心となる、都市である。(経済活動の中心であることを強調)
⑤文の論理が変わるところで入れる。
→田中さんと、山田さんの娘と、息子が同行した。
(同行したのは「田中さん」「山田さんの娘」「(私の)息子」)
D:今回は、全面的な再検討をお願いしますので、細かい問題に深入りしませんが、この部分などは、概念の関係=論旨の混乱として、意外なほどの大きな減点になります。
 「欧米」という言葉があるように、アメリカ(大陸・諸国)と「ヨーロッパ(大陸・諸国)」とは、地理的文化的に別の概念として扱われます。にも拘わらず、このような記述では「アメリカ」も「ヨーロッパ」の一国になってしまいます。
 口頭での会話なら、ここまで明確な概念の関係付け=論旨の構成は不要ですが、小論文試験では、減点の対象になります。
E:大きく取り消し線をしましたが、この部分は設問の要求・課題文の内容から逸脱しています。*の「経済的問題」は、この段落の最重要概念(論点)の1つですが、これはBで指摘した「下線部の筆者の意見」とは無関係になっています。「経済的問題」と「(世界市場における)競争」との関係を論じなければなりません。
F:ここでも**の「他社」に関して、課題文の内容が反映されていません。課題文は、下線部とは別の位置で、「国家間の競争」を「コカ・コーラとペプシ(という私企業)の競争」と同一視する立場を紹介しています。そしてこのような国家間の競争を否定しているのが、Cで指摘した①の立場でしょう。
 したがって**の記述をしたのでは、課題文に対する「反対論」になっており、※と矛盾してしまいます。
G:ここまでの改善で、答案の論旨が大きく変わってきますので、この部分も再検討してください。

 以上のコメントを参考にして、修正したものを再提出をしてください。
 議論の進め方=論理的な思考には致命的な失敗はないのですが、スタート地点=課題文の内容把握でミスをしたために、大きく手を入れていただくことになりました。ただ、昨年合格された方の中には、もっと厳しい評価を受けた人もいます。気落ちせず、問題点の確認と、その克服をしてください。