添削例:慶応大学(文学部自主応募推薦:2016年

 今回が初めての提出になりますので、慶應大学文学部自主応募推薦の出題傾向を簡単に見ておきましょう。この総合考査Ⅰでは、大学入試小論文としてはかなり長い課題文を読まなければなりません。しかも、エセーや講演記録など、論文としての構造が明確でないものが多いのが特徴です。
 例えば本年の課題文も、終章=まとめからの出題ということもあり、これ以前の各章で行ったであろう個々の論題に対する丁寧な論証は省略されています。また、議論が多岐に亘り、論点が絞り込まれおらず、散漫な印象を受けられたことと思います。
 そのため、課題文の論旨(=重要概念の相互関係)を読み取ることが、やや難しくなります。また、解答の制限字数が比較的短く、要点を絞った記述をしませんと、設問の要求に応えられません。
 一方、ほとんどの年度で、設問1・2は「説明」を要求するものになっています。したがって、基本的には課題文の内容を整理した要約をすることになります。逆に言えば、解答者独自の主張や見解を書くと減点の対象になります。また設問3・4は、課題文の一部を指定した翻訳問題であり、大きな特徴になっています。ここで高い評価を得るには、英語の語彙や文法の知識だけではなく、課題文の論旨を正確に把握することが必要になります。

 お送りいただいた答案は、誤字脱字を含め国語表現に大きな問題はありません。また、設問の要求にも基本的には正しく応えています。設問の要求を無視した、いわば見当違いの答案が少なくないなか、この点は高く評価できます。実際、いくつかの設問では、初回提出から合格圏と申せます。昨年度までの受講生のうち、最終的にめでたく合格された方の受講開始時と比べましても、平均以上の水準と申せます。
 したがって、全体を通して注意していただくような根本的な問題はありません。早速、設問ごとに詳しく見て参りましょう。

 答案に対するコメントは、小問ごとに解説の後にまとめてあります。abc……の記号は、答案のものと対応しています。なお、特にコメントのない修正は、単純な語句の誤りや、分量調整のためのものです。

設問1

(解答本文は省略)

(添削コメント)
 2015年の設問1も同じ形式なのですが、課題文の一部を傍線で指定して、「どのように異質なのか」「説明」を求めています。
 多少受験テクニック寄りの解説になりますが、設問文が傍線などで課題文の一部を指定しているときは、その部分も設問文と「両者」の「異質」性に対する考えを「説明」することになります。現在の答案は、この設問の要求に従って、課題文から適切な重要概念(論点)を抽出し、その相互関係(論旨)が正確に再現されています。初回提出からギリギリですが、合格圏と評価できます。
 ギリギリと評価しましたのは、合格圏となるための最重要概念とその相互関係は答案に盛り込まれていますが、それに次ぐ重要性を持つ概念が、いくつか見落とされているためです。このことは、致命的な減点につながるものではありません。また、制限時間のある実際の試験では、無限に推敲することは出来ません。そのため、現在の答案と同程度の水準で問題はありません。
 しかし、在宅での演習では、時間に余裕がありますので、出来るだけ完成度を高めるようにしましょう。このことが、限られた試験時間でより高水準の答案を書く力を養うことになります。

A:現在のままでも、減点にはならないかもしれませんが、傍線部=設問文ですから、そこにある重要概念は、答案で必ず言及すべきものとなります。したがって、「両者」は必ず採り上げるべき概念ですが、これは傍線部の直前にあるとおり、「○○な関心」「××な関心」という形になっています。これを答案に反映させましょう。
a:受験テクニック的な指摘になりますが、設問文・課題文の重要概念はできるだけそのまま使用するのが、設問の要求に的確に応えるコツといえます。
B:課題文では、単に時間の長さだけではなく、「時間の深さ」「深層の時間」といった概念を指摘しています。いわば量的な相違だけではなく、質的な相違=「異質性」を示しています。確かにこれは、『火の鳥』という手塚治虫氏個人の作品を論じた箇所ですが、それでも「民俗学的・歴史学的な関心」と関係が深いと思われます。
C:Bと対応しますが、「近代科学的な関心」における「時間」の特質は、量的な「短さ」だけではありません。適切な概念を課題文から探して、ここに盛り込んでください。
D:この部分に大きな問題はありませんが、これに対応する長期的な(「千年後」)対応が、「民俗学的・歴史学的な関心」からは可能ではないでしょうか。*部分に、こうした記述を補うことを検討してください。
b:ここで、「民族学的・歴史学的な関心」から「近代科学的な関心」に内容が転換しますので、段落を改めましょう。
 なお、よく「1段落は○○字程度がよい」とか、「全体が××字なら、△個ぐらいの段落に分けよう」といった指導をする添削講座や参考書があるようですが、段落の構成は、字数で考えるよりも、内容で考えてください。
c:この部分はいわゆるまとめに当たりますね。まとめでは、①それまでに取り上げた最重要概念(論点)とその相互関係(論旨)を繰り返す(論旨の確認・強調)、②論証をしない記述です。従って、ここまでの改善によって論点や論旨が変更になれば、それに併せてこの部分も手を入れる必要が生じます。
 さらに、この部分は、省略することも可能です。①であれば他の箇所と重複しますし、②であれば論文としての論証を欠く部分となります。いずれにせよ、字数に余裕がない時には全面的に割愛しても、全体の論旨に影響しない箇所なのです。
 ここまでの改善で制限字数を超過するようなら、ここで調整してください。
 以上のコメントを参考にして、再提出をしてください。

設問2

(解答本文は省略)

(添削コメント)
 15年の設問2では、「あなたの意見」も要求にありましたが、本年の出題では、「著者の主張に基づいて説明」することしか要求されていません。したがって、解答者独自の見解や解釈を書きますと、大きく減点されます。
 現在の答案は、設問1に続いて、初回提出からギリギリの合格答案といえます。ここで、ギリギリと判断しましたのは、設問1同様、最重要概念ではないものの、第二義的に重要な概念に見落としがあるからです。また、叙述の順番にも、改善の余地があります。

A:課題文の要約では、叙述の順番を原文と変更してはいけない、とまでは申せません。ただ、原文の論旨=概念の関係がよほど錯綜しているといった場合を除き、原則として変更すべきではありません。叙述の順番が、事態の時系列に沿った整理になっていたり、重要性の順を示している事があるからです。
 ここも、課題文の叙述に沿って、「第一のポイント」としている※部分の後、Xに移動すべきでしょう。
B:課題文と同じ概念を使用していますが、少しずつその相互関係=論旨を変更しています。例えば、*「困難な性格を持っていた」→「困難に直面」、**「普遍性への志向ゆえに」→を「普遍性を持ち」、といった変更がなされています。いずれも致命的ではないものの、減点の対象になる可能性があります。これ以外の点も含め、極力忠実に課題文の概念およびその相互関係を答案に反映するようにしてください。
C:Aで取り消し線をした部分をここに移動しましょう。同時にBでの指摘と同様の問題が起きています。ここも例を挙げておきますと、「原初的な自然信仰」と「普遍宗教」=「枢軸時代ないし精神革命において成立した諸思想」との関係です。これら「諸思想」が「自然信仰」を「否定的に捉えた」といった関係が答案にはありません。「背景」だったとしていますが、これでは課題文の内容とは食い違います。
 以上のコメントを参考にして、再提出をしてください。ここは、課題文をじっくり再読して頂きたいので、細かい改善方針には触れませんでした。いわばヒントだけですが、ご自身で具体的な文案を考えてください。

設問3

(解答本文は省略)

(添削コメント)
 小論文試験で英文課題文を読ませる例はかなりありますが、和文英訳を課すのは珍しく、慶應大学文学部自主応募推薦の特色といえます。この出題では、これまでの受講生の答案と実際の受験結果から、かなりの意訳でも合格圏のようです。ただ教科としての英語以上に、前後の文脈を理解しているかが重視されます。
 現在の答案は、合格圏と申せます。ただ、語彙の選択や文法的に微妙な箇所があります。もっとも、中には文章の個性や好みというべきものありますが、細かく見ていきましょう。

A:*部分とusが重なりますので、私ならLet'sは用いません。「ほしい」の意味をもたせるなら、Pleaseを用いる方法もありますね。
B:これでは誤訳とまで申しませんが、訳語の選択に改善の余地があります。thing(which)を主語にするなら、「存在し続ける」に当たる動詞を考えてみましょう。あるいは、人々(people)や私たち(we)を主語として、「人々(私たち)が保持し続けている」といった構文にしても良いでしょう。なお、完了形にしたのは大成功です。
C:「忘れている」「知らない」が、一つのthingに対して同時に起こるのでしたら、andですが、どちらか一方であるなら、orだと思います。
 以上のコメントを参考にして、再提出をしてください。

設問4

(解答本文は省略)

(添削コメント)
 ここは設問3と同程度に評価できます。受講生全体の平均以上によくできていると思います。ただし、ケアレスミスと思われるものを含め、いくつか改善の余地があります。

A:featのスペルミスだと思います。feastですと「宴会」といった意味です。なお、偉業=exploitにしても良いですね。
B:人間集団という意味でclusterとしたのでしょうがpeopleなどとしても良いですね。もっとも、*と同語の重複を避けたのでしょう。
C:うまく意訳していますが、homo sapiensを使っても良いでしょう。
 以上のコメントを参考にして、再提出をしてください。
 初めてとしては、高水準のスタートです。それだけに再提出答案を拝見するのが楽しみです。