添削例:東京藝術大学(美術学部芸術学科:2019年)

 最新年度の過去問ですが、「鏡」をどう扱うか、皆さん苦労されています。18年の「金」に続いて、あるいはそれ以上に扱い難いテーマだと言えます。
 通信欄でご質問をいただいておりますが、設問の要求が「美術と鏡について自由に論じなさい」という抽象的・一般的なものですので、これに対応する具体的なものであれば何を採り上げてもよいことになります。設問の要求が漠然としていますので、それに反しない範囲であれば、解答者の議論しやすい題材を選んでよいのです。知識として知っている・実際に見たことがある作品であれば、議論の材料が豊富にあるでしょうから、鏡の利用法を題材にされたのは、適切な選択だと思います。
 なお、まだ19年課題の提出者は多くないのですが、他にも『ラス・メニーナス』を採り上げた受講生がいます。設問の要求は「美術」ですから、工芸作品や建築などでもよいのでしょうが、芸術学科ということもあり平面芸術(絵画)を挙げている方がほとんどです。ちなみに、van Eyckの『アルノルフィニー夫妻の肖像』や van Gogh他の自画像を取り上げている例もあります。逆に工芸や建築は難しいのか、今のところ具体的な作品を挙げている例はありません。

 さて、お送りいただいた答案は、初回提出から合格圏と申せます。解答者の用意した事例は設問の要求する「美術と鏡」に対応しており、それを分析・解釈する視点や方法も適切です。
 したがって、採点上大きな問題になる箇所はありません。実際の試験場では制限時間がありますので、これ以上の完成度を求めるべきではないでしょう。時間切れになり、未完成の状態で提出するようなことは避けるべきです。もし時間があるようなら、誤字脱字の確認などをすべきです。
 ただ、今回は時間が自由に使える在宅での演習ですので、さらなる高水準を目指して、改善を考えましょう。

(解答本文は省略)

(添削コメント)
A:今回、私が第一に考えた改善点です。現在の答案では、鏡に関する作品を一つ取り上げて、それを分析・考察する形です。制限時間のある入試小論文では、時間に併せて途中で打ち切っても、全体の論旨に矛盾や飛躍が生じにくい方法です。
 ただ、逆に言えば全体を統一する視点がない書き方でもあります。これに対して18年出題の答案では、先に「金」に関する一般論を示した上で、それに妥当する具体例として作品をあげ、その分析・考察をしていました。
 こちらの形ですと、一般論で挙げた特性に対応する作品を取り上げないうちに時間切れになる、といった危険があります。しかし、論文としての完成度は、個々の作品をバラバラに取り扱う形式よりも高くなりますね。
 今回は、この構成に挑戦していただきましょう。答案の*をした箇所は、「鏡」の「美術(作品)」に対する効果・利用法といえますね。これをここにまとめましょう。例えば、次のような書き出しです。
 鏡の美術作品での効能として、絵画なの平面芸術では、二次元空間を三次元に拡張する機能がある。また立体芸術では、光を反射する性質を利用して……といった形です。100~200字を目安に「美術と鏡」の関係を概観する段落を一つ設けましょう。
B:制限字数がありませんが、Aで字数が増えますので、他の箇所はできるだけ簡潔にしました。なお、Aで用いた重要概念(論点)を答案の他の箇所でも統一的に使用するなど、Aにともなう調整に注意してください。
C:一文が長いと、論旨が読み取り難くなりますので、私ならここで文を切ります。
D:Aの改善によっては、概念の変更が必要になるかも知れません。例えば、Aで「立体作品」という概念を使用したのであれば、ここも同じ概念で統一しましょう。
E:誤りではないのですが、どのよう美術的効果があるのか、位置付けがやや曖昧です。Aで立体作品に対する鏡の意味や効果を整理する際、再検討してください。
F:大変興味深い作品の例ですが、それだけにもう少し丁寧に分析・考察をしましょう。この作品は、物体としての鏡は用いず、鑑賞者の持つ鏡に関する常識的な意識を利用している点が重要です。こうした鑑賞者の意識構造との関係を指摘しますと、優れた作品論になると思います。こうした作品の本質は既に理解しておいでのようですが、もう一息言語化・概念化の工夫をしてください。
 以上のコメントを参考にして、再提出をしてください。
 すぐれた作品鑑賞・理解の力をお持ちですので、それを文章化することをもっと研究して欲しいと思います。もっとも、このお願いは大学受験の水準を超えているかもしれません。大学のレポートなどで初めて必要になる視点といえます。難しいかも知れませんが、是非再添削ではこれに挑戦してください。