京大添削コメント例[経済学部]14年

このコメントは、WIE小論文navi添削講座「京都大学小論文」で実際に行われたものです。


●今回も、最初に本年の出題意図を考えてみましょう。お配りしたテキストに付しました「傾向と対策」でも触れましたように、理論の妥当性はどのように保証されるかを問う問題です。これは、経済学などの社会学に限らず、自然科学も含めた科学一般に共通する課題だと言えます。
 自然科学の例、より具体的には環境問題を巡り理論の妥当性を考えてみましょう。地球温暖化が注目されだした20世紀末には、温暖化現象を認めない、という議論もありました。もちろん、地球各地の気温を観測したデータが、100年単位でみると全般的に上昇していることは否定できません。しかし、その主たる原因が、現在主流となっている、温室効果ガス、とりわけ人為的な二酸化炭素の大量発生なのかどうか、確たる証拠があるわけではありません。まさに仮定された前提というわけです。
 例えば、ヒートアイランド現象という、都市化によって局地的に気温上昇する現象は、広く知られています。これに注目しますと、地球規模の人口増と都市化によって世界各地の観測点は、周囲の人口増によって局地的な影響を受けている可能性があります。少なくとも、現在観測されている長期的な気温の上昇が、全て温室効果ガスによるのかは、疑問の余地がある、という批判・反論が存在しました。 
 また、現在はあまり見かけませんが、メタンガスなど二酸化炭素以外の温室効果ガスを重視する論者もいました。そしてメタンガスの主な発生源は、南~東アジアの水田であり、この地域の人口増による耕地拡大を抑制すべきという主張がありました。
 少し具体例に深入りしすぎたかも知れませんが、現代では自然科学・社会科学を問わず、諸現象の複雑な相互関係が意識されるようになっています。そうしますと、ある現象の原因を究明し、対策を立案するために考慮すべき要素が非常に大きくなります。その一方で、緊急の対応が必要な問題も多くなっています。
 しかし、だからといって有効性のない対応をしたのでは、資源・時間のムダ使いです。それどころか、状況をさらに悪化させたり、他の分野に深刻な影響を与えるかも知れません。問題を理論化して、有効かつ副作用の少ない対策を立てることが難しくなる一方、その必要性は高くなっているのです。
 とりわけ、対策の適否によって多くの人が巻き込まれたり、人命に関わる影響が生じる場合には、さらに問題は難しくなります。仮説を立てて実験するという方法が採りにくいのです。実際、経済政策の失敗で、多くの人が困窮したり、流血の惨事が引き起こされた例がありますから、効果の不確実な方法を安易に実験するわけには行きません。
 今回の課題文は、こうした現代の科学理論に求められる諸条件をどのようにして実現するかに対して、一つの提案と、それに対する批判だと言えます。理論的な完成度と、経験との整合性と、どちらをどの程度重視し、妥当性を判断するのか、大きな問題なのです。
 もちろん、課題文が採り上げている諸理論を予め知っている必要はありません。ましてやその理論を操作して何らかの現象を説明したり予想したりすることは求められていません。そうした個別具体的な問題を超えた、現代の知的状況を理解できているかが、最大の眼目です。
 もっとも、そこは天下の京大ですから、単純な一般論・抽象論だけでは許してくれません。こうした知的状況を理解した上で、少なくとも課題文と同程度の具体的議論を要求しています。もっともこの具体例は、高校で学習する範囲から用意できるものです。
 なお、こうした問題意識は、本年の論文Ⅱとも共通しています。論文Ⅱでは数式という形で現実を理論化する方法が示されています。そして、それが実際の社会変動を説明するのに有効か、あるいはどのようにすれば有効になるのかを考えさせています。本年の出題は、論文Ⅰ・Ⅱともに数式が設問分野の大部分にあるために、動揺した受験生が多いようですが、あくまでも科学理論のあり方を問題にしているのです。したがって、数式の意味が分かれば良く、それを数学的に操作する必要はありません。

 お送りいただいた答案ですが、特急添削では意見した2002年の再提出より前に作成されたものですね。そのためあちらでは克服された問題が、こちらでは未解決のまま残されています。それでも設問1・2はギリギリですが合格圏です。しかし、ここがギリギリであったことが、設問3で300字以上も制限字数が余る原因になっています。結局、設問3は重要概念(論点)が不足しているために、合格圏を逸しています。
 設問1・2の問題点=ギリギリとなった理由は、それぞれの該当箇所で詳しく述べます。ただし、大きな考え方の問題として、以前お話しした具体と抽象、あるいは議論の次元をもっと意識すべきです。これについて、ここで解説しておきましょう。
 京大経済の課題文は、原則としてそれ自体論文です。そして論文は、①書き手の主張・見解と、②①を論証する論拠、の二大要素からなります。
 ここで、①多くの事象に共通する=抽象性・一般性の高い命題、②は①の正しさを示す具体性・個別性の高い事象、という関係になります。もっとも数学などでは、②も抽象度の高い思考過程になることが多いので、①と②の次元の差は相対的なのです。しかし、ほぼ例外なく①の主張・見解と、②の論拠では、議論の具体性≒抽象度に差があり、次元が異なっています。
 なお、ここまで2つの次元で構成されている論文を例にしていますが、もっと複雑な構造もあります。例えば①江戸時代は、近代と連続している、という主張、②①のために(1)政治の近代性、(2)経済の近代性、(3)文化の近代性を論拠としてあげる、③(1)(2)(3)それぞれに論拠となる具体的事例を挙げる、といった構造もあり得ます。これは3つの次元を含むことになります。
 ここで、本年の設問1・2の要約問題では、この次元の相違をどう扱うかについて考えましょう。一般的に要約とは、対象になる重要概念の構造を短く再現することです。そうしますとまず優先されるべきは、①の主張・見解に関わる抽象度の高い概念ですね。例えば、今回の課題文[A]は、「理論の正しさは、理論による予測が反証されるかどうかで決まる」というように要約できるでしょう。
 しかし、ここで問題になるのは、要約の制限字数が多く与えられた場合です。京大経済の出題は数百字以上ですから、先に示したように1文か2文に要約しただけでは、せいぜい数十字にしかならず、字数が余ってしまいます。
 そうしますと、単に①の主張・見解を紹介するだけではなく、②の論拠もある程度採り入れることになります。このことで、課題文の論証手続きまで再現することになります。ここで②の次元から何を採るかは自由度が大きいので、唯一の正解といったものはありません。また、この講座の初めで第2義的に重要な概念の問題に触れましたが、それはこの間の事情を説明するためでもありました。
 さて、京大経済の出題で、内容把握=要約問題で答案に採用する概念の次元に注意し、特に②の次元に属するものをよく見ておくことが、解答者の主張・見解を論述する際に役に立つのです。2002年の再提出では、特に課題文[B]で、「同一方向への収斂」が共通の「歴史」を可能にし、「国民」を成立させる鍵になっていることに気づきましたね。そうしますと、この問題に[C]では「教育」が関与していることを示唆していました。
 この「同一方向への収斂」「教育」は、課題文[B][C]の中でそれぞれ②の次元に属しています。つまり、主張・見解でなく、論証過程です。しかし、この論証課程に議論の余地を見つけることで、2002年の答案では、制限字数を超過しそうなほど議論すべき材料が用意できました。
 以上少し立ち入って、解答を作成する際の思考過程を検討して見ました。まだ1回だけであっても2002年出題に対してこのような高度な操作ができた今なら、次元の違いを意識して要約を作成することがいかに重要であり、この思考ができるかどうかが合否を分けることが、理解していただけると思います。
 したがって、今回の添削では、現在でも合格圏ではありますが、設問1・2の答案を再検討して頂きます。そして、その成果を利用して設問3を合格答案にしましょう。

設問1
 冒頭で申し上げましたように、ギリギリ合格圏ではあります。課題文の最重要概念は抽出出来ており、その相互関係も正しく再現されています。しかし、抽象性の高い(=具体性の低い)概念に偏しており、課題文の議論が持つ次元の広がりは十分再現されていません。これがギリギリという評価になった理由であり、設問3で失敗する遠因でもあります。
 なお、物理(落下法則)の公式を答案に反映しなかった旨、提出時のメール本文で述べておられます。これに対しては、「物理の公式」である必要はありませんが、「具体例」(=②の次元に属する概念)が不足している、という点では問題です。
 基本的な改善方針は、②の次元から概念を探しこれを答案に盛り込むことです。同時に、そのスペースを確保するために、出す能力を持っていることは明らかです。そこで、①の次元に属する重要概念について、重複などで割愛可能ものを整理します。なお、この操作をご自身で行っていただくために、ヒントを中心のコメントにします。

(添削コメント)

[解答は省略]


A:抽象度の高い次元の概念だけで制限字数が埋まってしまう原因の一つに、こうした後文があります。まず課題文の①を紹介し、②の部分は不十分なままに、もう一度*のように同じ主張を繰り返し、確認・強調する構造です。
 確かに長大な論文では、③次元構造の際に述べましたように、論証すべき主張・見解が複数になります。そのため、ここではどの主張・見解を論証したのか、確認をする必要がありますので、こうした構成が必要になります。
 しかし、入試小論文では複数の主張・見解を含む場合でも、構造は単純であり、①と②の関係が誤解されることはありません。むしろ、①部分の記述を重複させることで、②の次元から抽出できる概念を少なくします。どうしても答案の制限字数が埋まらない時には、こうした方法もやむを得ないですが、成功の確率は低いです。少なくとも在宅での演習では採用すべきではありません。
 なお、このヴァリエーションとして①に当たる部分を疑問形で提示する構成もあります。
1)AはBではないだろうか。(=①の次元)
2)②の次元で論用を再現
3)Aは確かにBだ。(=①の次元)
 これもまた、②の部分を過小にする原因になります。①部分の重複を避け、どちらか一方に、②に属する概念を盛り込む余裕を作りましょう。なお、①の紹介を最初におくか最後にするかは、どちらも可能です。ちなみに、私は課題文に応じて順番を考えます。

B:いずれも課題文に対応する箇所がありますが、①の中では比較的重要性が低い概念です。字数調整の候補です。

C:ここで課題文[A]は、「理論の前提」の具体例として、落下の問題を挙げています。数式(「理論」の具体例)を盛り込むべきどうかは別として、「気圧」その他の具体例を用いて、自説の論拠にしています。この次元から、重要概念を抽出し、その相互関係を再現してください。
 なお、①と②の中間に近いですが「コスト」などにも注目しておきましょう。仮にここは答案に盛り込めなくても、設問3で役に立つでしょう。

D:Aで指摘したヴァリエーションですね。確かにここで論点が変わりますが、それを確認するためにこのような長い文章は不要です。

E:課題文は植物の「葉」の例を用いています。この問題がほとんど丸ごと抜け落ちています。これも②の次元として盛り込みましょう。

F:ここは②の次元として、「企業」・「実業家」の事例を紹介しています。ただし、ここまでの改善で、字数が大きく変動することでしょう。おそらくこの部分をもっと簡潔にする必要が生じると思いますが、改善による字数の目安が立たなければ意味がありません。ここは、解答者自身で調整して頂きましょう。


 以上のコメントを参考にして、再提出をしてください。

設問2
 ここも基本的には設問1と同じ方針でコメントします。もっとも、要約対象の[B]は[A]より短いですが、それでも制限字数は設問1の半分です。したがって、①②の次元を問わず、盛り込める概念の数は自ずと限られますね。その分、設問1よりは小幅な改善になります。

(添削コメント)

[解答は省略]


A:何カ所かに亘りますが、いずれも短くできる箇所です。

B:ケアレスミスでしょうが、不適切な助詞です。

C:これが[A](=フリードマン)の言説なのか、それとも[B](=ホジソン)の見解なのか、明らかではありません。また「前提」だけが[B]の論点ではありませんので、この部分は割愛することも考えてください。

D:設問1ほど制限字数は多くありませんので、②の次元から新たに採り入れられる概念は少ないのですね。それでも「自然淘汰」について、[B]は設問1のEで指摘した「葉」や実際の「企業」を例にして反論しています。このあたりの概念を盛り込むようにしましょう。


 以上のコメントを参考にして、再提出をしてください。

設問3
 これまで同じようコメントを繰り返してきましたが、答案の制限字数が1200字以内までですと、一応制限字数の9割以上書けています。しかし、制限字数がそれを超えますと、ほぼ必ず1割以上字数を残しています。また、ある程度字数が埋まっていても、設問1のAで指摘した、同じ概念・論旨の繰り返しが見られます。これでは、多くの字数を使っても内容の薄い答案だといわざるを得ません。まず間違いなく、出題側の要求を満たすことは出来ません。
 この解決策は、ここまで述べてきたように、主張・見解に当たる一般性・抽象性の高い(=①の次元)概念だけではなく、論拠・論証課程に当たる個別性・具体性の高い(=②の次元)概念を用意することです。
 今回の添削も、この方針で改善を考えます。

(添削コメント)

[解答は省略]


A:いずれも国語表現を整理し、より簡潔にしました。設問1A同様、全く答案の構想が立たないときの水増し策としては有効ですが、字数不足ではねられるのを防ぎ、とりあえず採点者に真剣に読んでもらう、という程度の効果しかありません。内容上の評価が高まることはないのです。
 厳しい言い方ですが、こうした姑息な手段に頼らないためにも、気付いた箇所は指摘します。再提出では、字数を使い切るだけでなく、概念(論点)を用いた分量調節をすることが主な目的です。

B:これもまた、設問1Aのヴァリエーションですね。Aと同じ理由で、在宅での演習では、こうした強調・確認の意味しかない記述は避けましょう。

C:Bの改善をしましたので、前段落のとの関係づけをする記述を補いました。何回も[B]の[A]に対する批判を繰り返していますが、1回触れれば十分です。

D:ここで、設問1Cで触れました「コスト」に言及すると良いでしょう。

E:*部分で、課題文を要約する形で、[A]の見解を紹介しています。これがあるにも拘わらず、ここで[A]の概念を解答者なりに組み替えて確認しています。設問1のAと少し違う思考過程ですが、よく似ています。また、個別性・具体性の高い議論へ移行しにくくなるという観点からも、こうした同一の主張・見解を繰り返して確認・強調するのはやめましょう。

F:これを補いませんと、「天動説」は全く「整合性」のない理論になってしまいます。

G:何との整合性なのか、という観点でも言及しましょう。理論内部での問題なのか、それとも自然現象との関係なのでしょうか。

H:**部分から、***の判断を下すには、論証が必要です。具体的には、「天動説」の「有効性」を示さなければなりません。
 そのためには、少なくとも課題文と同程度の具体性を持つ論拠の提示が必要です。[A]では、落体、葉、企業の例を挙げています。これら冒頭の解説で②とした次元の概念群です。
 ここでいう「天動説」、あるいは地動説も含めた天体運動に関する理論の有効性とは何でしょうか。まずはさまざまな天体の運動を説明し、さらには将来の予測を可能にすることでしょう。短期的には日の出・日の入り、月の出・月の入りの時刻を知ることは、一日の行動予定を決める上で重要ですね。もう少し長期の問題としては、月の満ち欠けがあります。これは月の出・月の入りとともに、人工的な照明の少なかった時代には、人々の夜の行動を大きく規定します。さらにこれと潮の満ち引きとの関係が知られていれば、海での人々の行動に影響します。さらに長期の問題としては、1年を12ヶ月としたときの、月の周期と太陽周期の調整です。イスラム暦のように完全な太陰暦もありますが、これだと1月が夏になったり冬になったりしてしまいます。季節変動に対応した生産活動が必要な農耕社会では、これは大変不都合であり、閏年・閏月を設けるなどして、調整をしています。もっと長期の問題としては、日食・月食の予想などがあるでしょう。
 現代世界で暦の基準として採用されているグレゴリオ暦は、ちょうど天動説と地動説の対立期に制定されました。コペルニクスなど天動説側の計算データも参照したようですが、カトリック教会が主導して制定しましたので、天動説に立っています。しかし、これでも現代になっても私たちの日常生活には有効であり続けています。
 このように、「有効」という概念を用いるのであれば、解答者がそう判断した論拠を明示しなければなりません。今私の挙げた天象を全て盛り込んだら、1600字を超過してしまうでしょう。
 さらに、Dで「コスト」に触れたのであれば、それも使えます。地動説を論証するためには、膨大な観測データが必要です。さらに望遠鏡といった観測資材の開発・導入も必要ですね。こうしたコストを掛けることで得られる精度(=整合性)の向上が、果たしてコストに見合うほどの「有効性」の向上をもたらすでしょうか。こうした議論も可能です。
 なお、天動説以外の、前提に疑問があるが、有効性が高い理論は、たくさんあります。この京大経済でも出題されていますが、自由で合理的な、しかも相互に独立して平等な「経済人」を前提にした経済理論や政治理論です。
 実際にはさまざま先入観を持ち、また知識な能力が異なる人たちで市場は満ちています。したがって、経済学が価格形成のモデルとしている完全市場は、現実を正しく理論化しているとはいえません。しかし、このモデルによって立案された経済施策でも、現実社会と一定以上の整合性があり、有効性もありますね。
 また、同じような理性的で自由にして平等な市民による民主社会、というのも前提を疑うことが出来ます。しかし、これらを前提にした政治理論で、現代国家は大過なく維持されているといえそうです。 
 これらの知識は、いずれも高校で学習する範囲です。本講座の最初の方で、具体と抽象の関係が重要だと述べましたね。この関係が理解でき、さらに思考過程として自ら操作できるようになれば、設問の要求する次元に応じた題材は必要なだけ見つかるのです。
 特急添削で挑戦された2002年課題の再提出では、この操作ができていました。これをここでも行ってください。

I:A・Bと同じく、他の部分と重複の多い記述です。Hで個別性・具体性の高い概念を大量に取り入れますと、それが課題文とどう対応するのか、さらにはその対応によってどのような見解が論証されるのか、記述を大幅に増やさなければなりません。まずはそちらで字数を使ってください。


 以上のコメントを参考にして、再提出をしてください。


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